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米窪満亮 : ミニ英和和英辞書
米窪満亮[よねくぼ みつすけ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こめ]
 【名詞】 1. uncooked rice 

米窪満亮 : ウィキペディア日本語版
米窪満亮[よねくぼ みつすけ]

米窪 満亮(よねくぼ みつすけ、1881年(明治14年)9月16日 - 1951年(昭和26年)1月16日)は、日本労働運動家、小説家政治家日本海員組合副会長を経て、戦後、日本社会党に所属し、片山内閣の国務大臣、初代労働大臣を歴任した。小説家としての筆名は「米窪太刀雄」がある。
== 経歴・人物 ==

=== 生い立ちと初期の経歴 ===
1881年(明治14年)9月16日、長野県東筑摩郡大門村(現、塩尻市)に農家の二男として生まれる。父親は病弱で一家の生計は母親が支えたが、米窪が17歳の時に母親が亡くなる。米窪は、町の医師の家に住み込みをしながら学資を捻出し、旧制松本中学(現在の長野県松本深志高等学校)を卒業する。中学卒業後、山国に育ち海に憧れていたこともあり、学資を貸与していた商船学校(東京高等商船学校、旧東京商船大学ー現在の東京海洋大学)に入学する。1912年(明治45年)から1913年(大正2年)にかけて、練習船大成丸に乗船し1年3ヶ月に及ぶ訓練航海で世界一周する。米窪は、この訓練航海で毎日航海日誌を綴っていた。これが「大成丸世界周遊記」として朝日新聞に連載される。この作品は夏目漱石の激賞を受け、「海のロマンス」と改題されて単行本として発売された際、漱石は同書に序文を寄せている。「海のロマンス」はベストセラーとなり、この影響で海にあこがれる青年が増加し、商船学校や海軍兵学校への志願者が増加したと言われている。
日本郵船に入社し、実習生を経て船長になる。しかし、海員の待遇の悲惨さを目の当たりにし、米窪は、雑誌「海と人」に「マドロスの悲哀」を発表し、内部告発に踏み切る。これに激怒した日本郵船社長の近藤廉平によって会社を追われた上、大阪商船三井船舶東洋汽船山下海運などからも危険思想の持ち主として忌避されることとなり、結局、松昌洋行という規模の小さな船会社に船長として採用される。1914年第一次世界大戦が勃発すると日本は空前の海運景気に沸き、米窪も互光商会に引き抜かれ、同社のシンガポール支店長として採用される。しかし、大戦後、不景気が訪れると、同社は倒産する。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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