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看板建築 : ミニ英和和英辞書
看板建築[かんばんけんちく]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

看板 : [かんばん]
 【名詞】 1. sign 2. signboard 3. doorplate 4. poster 5. billboard 6. appearance 7. figurehead 8. policy 9. attraction 10. closing time 
: [ばん, いた]
 【名詞】 1. board 2. plank 
建築 : [けんちく]
  1. (n,vs) construction 2. architecture 

看板建築 : ウィキペディア日本語版
看板建築[かんばんけんちく]

看板建築(かんばんけんちく、)とは、鉄筋コンクリート造で建てるだけの資力がない中小規模クラスの商店によって関東大震災後に数多く建設された、かつての伝統的な町屋に代わる洋風の外観を持った店舗併用の都市型住居である。そのほとんどは木造で、銀座や日本橋といった、東京の中心的な繁華街から少し離れた、人形町や神田、上野などの商店街に多く建てられた。建物の前面に衝立を置いたような看板を兼ねた外壁を持ち、その壁面があたかもキャンバスであるかのように自由な造形がなされている。看板建築という名称は後の研究者がつけたもので、震災後の大正末期頃には「街路建築」という用語が使われていた。
== 歴史 ==
看板建築以前の東京の店舗併用住宅である町屋には、切妻屋根の平入2階建で1階上部に軒を大きく前面に張り出した「出桁造」と、それを防火のために土で包んだ「塗屋造」、「蔵造」の3種類があった。塗屋造と蔵造の違いは土の厚さで、柱の表面に5寸(15センチ)以上土を盛るものを蔵造、それ以下を塗屋造という。商店建築のランクとしては蔵造がもっとも上で塗屋造、出桁造と続く。大正モダンといわれる時代にあっても、銀座と並ぶ東京の中心商店街である日本橋大通りですら蔵造が70%を越えており、下町の商店街はほぼすべてが町屋で形成されていた。しかし、こうした伝統形式の街並みは1923年(大正12年)の関東大震災によって焼失する。防火のために土を盛った蔵造・塗屋造は、地震で土壁が崩落し期待した防火性能を果たすことができなかった。

File:Nihonbashi neighborhood of Taisho era.jpeg|震災前の日本橋付近の町並み
File:Cross sectional view of machiya in Tokyo.jpeg|町屋の内部
File:Tailors-Workshop.jpg|仕立屋(出桁造)
File:Old Yoshida Sake Store - Taito-ku, Tokyo, Japan - DSC08908.JPG|吉田屋(出桁造)
File:Machiya in Meiji era.jpg|堀越商店(土蔵造)

震災後、焼け野原にはバラックが建てられバラックの商店街が形成される。後に看板建築が建てられる地帯のバラックはトタンに看板を書いただけの粗末なものだったが、日本橋など大通りには建築家によってデザインされた表情豊かなバラック商店が建ち並んだ。これら大通りのバラック商店には、木造でファサードが平坦に仕上がっているという特徴があり、洋風をベースにしていた。

File:Nishimura Trading Temporary Store in Kyobashi.jpg|西村貿易店(遠藤新)
File:Ohki General Partnership Company Temporary Office in Kanda.jpg|大木合名会社(吉田五十八)
File:Tdeal Home in Kanda.jpg|アイディアルホーム(レイモンド社)
File:Senbikiya Fruits Parlor Temporary Store in Kyobashi.jpg|千疋屋フルーツパーラー(前田健二郎)
File:Shiseido Temporary Store in Ginza.jpg|資生堂(川島理一郎)
File:Ogawa Kimono Shop in Nihonbashi Ningyocho.jpg|小川屋呉服店(有馬組)
File:Tachibana Glass Shop in Ginza.jpg|橘硝子販売店(関本勇治)

こうしたバラックで急場をしのいでいる間に、復興計画の一環として5年かけて土地区画整理事業が行われた。敷地が確定した1928年(昭和3年)、バラック商店の曳屋が一斉に行われ、はじめて本格的な店舗が建てられることになった。大通りでは鉄筋コンクリート造のアール・デコ調の商店が建てられたが、その周辺部には看板建築が立ち並んだ。

東京の大工は道具や材料を焼かれてしまい仕事ができなかったため、看板建築の建設は地方から来た大工によって行われた。その後、仕事が終わった大工たちが地方に帰ることで、地方にも看板建築が広まった。看板建築は富山から仙台の当たりまで広まっており、震災復興期に職人が来た範囲に重なっている。
東京下町の街並みを形成していた看板建築は、バブル時代の地上げを経て数が激減し、今では点在するほどしか残っていない。こうした状況を受けて、江戸東京たてもの園では看板建築の移築保存が行われている。亀戸香取勝運商店街(東京都江東区)では昭和レトロをテーマに、観光客誘致のため街並みを看板建築に改造する取り組みが行われた。
アメリカ非営利団体ワールド・モニュメント財団は2015年10月15日、緊急に保存・修復などの措置が求められる「危機遺産」リスト(2016年版。世界36ヶ国・計50ヶ所)を発表。看板建築を含む東京・築地の近代の木造建築群が危機遺産に選ばれた。一等地であることから「開発圧力」を受けており、歴史的町並みの喪失が危ぶまれるという。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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