翻訳と辞書
Words near each other
・ 異数染色体性個体
・ 異数花
・ 異文
・ 異文化
・ 異文化コミュニケーション
・ 異文化コミュニケーション学会
・ 異文化コミュニケーション学部
・ 異文化コミュニケーション財団
・ 異文化理解
・ 異文化経営学会
異斯夫
・ 異方導電フィルム
・ 異方導電膜
・ 異方性
・ 異方性エッチング
・ 異方性フィルタ
・ 異方性フィルタリング
・ 異方性伝導
・ 異方性媒質
・ 異方性導電フィルム


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

異斯夫 : ミニ英和和英辞書
異斯夫[いしふ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [い]
 (pref) different
: [おっと]
 【名詞】 1. (hum) (my) husband 

異斯夫 : ウィキペディア日本語版
異斯夫[いしふ]

異斯夫(いしふ、生没年不詳)は、6世紀新羅の将軍であり、王族の一員。姓は金、別名()を苔宗ともいう。日本書紀では伊叱夫礼智干岐, あるいは伊叱夫礼知奈末という名で紹介されている。17代王奈勿尼師今の4世孫であり、22代智証麻立干から24代真興王に仕えた。『三国遺事』では朴伊宗の名で現れる。
== 生涯 ==
智証麻立干の6年(505年)に初めて軍主の職位が設けられて異斯夫が着任し、512年には伊飡(2等官)の位に上り、何瑟羅州(現在の江原道江陵市)の軍主となった。そして于山国鬱陵島)を攻めて服属させた。529年には卓淳国の熊川で近江毛野を攻撃して追い払い, 531年には久禮牟羅から百済軍を敗退させた。 532年には、古の居道(きょどう、コド)の計略を用いて伽耶を滅ぼした〔異斯夫が伽耶を滅ぼした記事について、『三国史記』列伝・異斯夫伝では智証麻立干時代(在位:500年 - 514年)のことと記しているが、新羅本紀・法興王紀には法興王19年(532年)に金官国の王金仇亥が新羅に投降してきたとしている。〕。541年3月には兵部の令(長官)に任ぜられ、内外の軍政を統括した。550年には百済高句麗との攻防の間隙を縫って、両国間の係争地であった道薩城(忠清北道槐山郡)及び金峴城(忠清北道鎮川郡)を奪い取った。この直後に高句麗兵が反撃をしてきたが持ちこたえ、逆に追撃して高句麗兵を大敗させてもいる。562年9月には反乱を起こした伽耶(大伽耶)を討伐する軍の主将となり、副将の斯多含とともに伽耶を再び服属させることに成功した。
これらのような将軍としての華々しい活躍の一方で、545年7月には国史編纂を上奏したという文化面での貢献も伝えられる。真興王は異斯夫の進言を容れて、545年居柒夫らが新羅にとって初めての国史を編纂することとなった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「異斯夫」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.