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田端幸三郎 : ミニ英和和英辞書
田端幸三郎[たばた]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [はし]
 【名詞】 1. end (e.g., of street) 2. edge 3. tip 4. margin 5. point
: [さち]
 【名詞】 1. happiness 2. wish 3. fortune 
: [み]
  1. (num) three 

田端幸三郎 : ウィキペディア日本語版
田端幸三郎[たばた]
田端 幸三郎(たばた こうざぶろう、1886年2月 - 1963年7月31日)は、日本内務台湾総督府官僚
第3代台北市尹、第7代新竹州知事

== 経歴 ==
1886年、和歌山県にて田端幸七の二男として生まれる〔『人事興信録 外地・満支・海外篇』第14版、臺灣39頁。〕。1911年、高等文官試験に合格し、翌1912年に東京帝国大学英法科を卒業。神奈川県県属や高知県理事官を経た後、台湾総督府警視警務官として台湾に赴任。以後総督府事務官理事官を務めた後、1927年に台北市尹(現在の台北市長)に就任。市尹在任中に台北市電敷設計画を提出したが、市民の反対に遭い計画は頓挫した。1929年新竹州知事に転じ、1931年5月依願免本官〔『朝日新聞』1929年4月20日東京夕刊1頁「人事異動」〕〔『朝日新聞』1931年5月9日東京夕刊1頁「台湾、人事異動」〕。1932年総督府専売局長として復帰し、1936年殖産局長に就任〔『朝日新聞』1932年3月16日東京夕刊1頁「台湾総督府人事異動」〕〔1936年10月16日東京朝刊2頁「台湾総督府大異動」〕。その後拓殖管理官・天然瓦斯研究所所長・営林署長・米穀局長を務めた後、1939年12月退官。同年台湾電力副社長に就任し、1943年7月まで務めた。また南方電気工業代表、台湾船渠・日本アルミニウム・福大公司の取締役も歴任した。戦後帰国し、弁護士として活動〔『日外アソシエーツwhoplus』「田端 幸三郎」の項〕。1963年、東京にて死去〔『朝日新聞』1963年8月1日東京夕刊7頁〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「田端幸三郎」の詳細全文を読む




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