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田川炭鉱 : ミニ英和和英辞書
田川炭鉱[たがわたんこう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [すみ]
 【名詞】 1. charcoal 
炭鉱 : [たんこう]
 【名詞】 1. coal mine 2. coal pit 

田川炭鉱 : ウィキペディア日本語版
田川炭鉱[たがわたんこう]
田川炭鉱(たがわたんこう)は、かつて山形県西田川郡温海村(現在の山形県鶴岡市五十川字田川)にあった炭鉱ラサ工業が経営していた。
下記慰霊碑の前の「田川鉱山坑口跡入口」と案内のある小橋を渡り、林の中を100mほど進んだところに、坑口跡(五十川坑)がある。
周囲にも煉瓦造の遺構が若干残っている。
また、専用線で使用されたと思われるホッパが山中に残っている。
== 歴史 ==

* 1894年(明治27年) - 田川炭田として開鉱し、後に深山炭鉱となる。約1年程で閉鉱した。
* 1937年(昭和12年)12月 - ラサ工業が買収。
※最盛期には五十川駅の貨物輸送量が新潟管内第1位を記録した程であった。
* 1944年(昭和19年) - 約6000人の工夫のうち567人が朝鮮人労働者。
* 1945年(昭和20年)8月17日 - 終戦の混乱の中、無傷であった田川鉱業所は操業を再開。
* 1945年(昭和20年)12月16日 - 石炭不足対策の為、国鉄が職員挺身隊66名を派遣。
* 1946年(昭和21年)1月16日 - 国鉄からの派遣隊交替として41名が入山。
* 1946年(昭和21年)2月28日 - 国鉄からの第2次派遣隊が退山。
* 1947年(昭和22年)9月 - 月産2万2900トン(戦後最高)で、戦中からこの頃までで、県内石炭生産の62%を占めた。
 * 10月30日 - 選炭工場失火により全焼。
 * 12月 - コンプレッサー室が全焼。
* 1949年(昭和24年)2月10日 - 田川鉱業所、温海鉱業所を分離。
* 1950年(昭和25年)3月14日 - 温海鉱業所を閉鎖。
 * 12月 - 田川炭鉱㈱設立。(企業合理化の為田川鉱業所を分離)
* 1954年(昭和29年)7月30日 - 田川炭鉱㈱を㈱大阪造船所に譲渡
* 1960年(昭和35年)11月10日 - 閉山。離職者434名。
* 1982年(昭和57年) - 殉職者119名のを弔う慰霊碑が建立される。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「田川炭鉱」の詳細全文を読む




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