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珊瑚海海戦 : ミニ英和和英辞書
珊瑚海海戦[さんごかいかいせん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

珊瑚 : [さんご]
 (n) coral
珊瑚海 : [さんごかい]
 (n) Coral Sea
海戦 : [かいせん]
 【名詞】 1. naval battle 
: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 

珊瑚海海戦 : ウィキペディア日本語版
珊瑚海海戦[さんごかいかいせん]

珊瑚海海戦(さんごかいかいせん、Battle of the Coral Sea)は、太平洋戦争大東亜戦争)において大日本帝国海軍(以下日本海軍)と連合国(アメリカ合衆国・オーストラリア)軍の間で発生した海戦のひとつである。
1942年5月8日珊瑚海で日本海軍の空母機動部隊アメリカ海軍を主力とする連合国軍の空母部隊が交戦し、史上初の航空母艦同士の決戦となった。また、この海戦は対抗する両艦隊が互いに相手の艦を視界内に入れないで行われた、歴史上最初の海戦でもある〔ニミッツ、ポッター P.59〕。連合軍の損害が正規空母1隻沈没・1隻大破なのに対し日本海軍の損害は正規空母1隻大破・軽空母1隻沈没であったが、日本海軍も多数の航空機と搭乗員を失い、ポートモレスビー攻略という作戦目標を放棄せざるを得なくなった。また、これが日本初の空母損失であった。この海戦の戦果から過大な大本営発表が行われるようになった〔千早正隆『日本海軍の驕り症候群 下』中公文庫79-81頁〕。
== 作戦計画 ==
1942年1月29日、日本海軍連合艦隊司令部は「大海指47号」にてオーストラリアをアメリカから遮断し孤立させる戦略構想(「米豪遮断作戦」)の一環として、ツラギニューギニア島南東岸にあるポートモレスビーを奇襲攻略することを決定した(「MO作戦」あるいは「モ号作戦」)〔#暁の珊瑚海(文庫)23頁、#神川丸詳報(1)p.3〕。ニューギニア島は中央部を東西に山脈が走っているため、北岸からの陸路での攻略には困難が予想され、海路から攻略を行う方針が決まった。同時にソロモン諸島ツラギ島を占領して水上機基地を設営し、珊瑚海の警戒を行うことが決定された。日本海軍の作戦指揮官は第四艦隊司令長官井上成美中将であった。この作戦における海軍の主任務は、陸軍歩兵第一四四連隊、海軍呉特別陸戦隊をのせた11隻の輸送船の護衛である〔#暁の珊瑚海(文庫)26-27頁〕。
3月10日、空母レキシントンヨークタウンラエサラモアに航空攻撃を敢行、日本軍は艦船4隻が沈没、中破小破14隻、戦死130名という損害を出した〔#暁の珊瑚海(文庫)29頁、#ヨークタウン71-72頁〕。この攻撃による損害に不安を感じた陸軍南海支隊長堀井富太郎陸軍少将は軽空母祥鳳が輸送船団護衛につくだけではアメリカ軍機動部隊出現時に対処できないと判断し、3月20日の電文で有力な日本軍機動部隊の増派を求めた〔#暁の珊瑚海(文庫)30-31頁〕。
4月16日、連合艦隊司令部はセイロン沖海戦に勝利して日本に帰還中だった南雲機動部隊より第五航空戦隊(空母翔鶴瑞鶴)を引き抜き第四艦隊に編入した〔#暁の珊瑚海(文庫)30頁、#海軍美談75頁〕。第五航空戦隊は4月25日にトラック島に到着した〔#暁の珊瑚海(文庫)39頁〕。井上成美第四艦隊司令長官は『MO機動部隊は、有力なる敵海上部隊の所在判明せざる場合は、なるべく速やかに、タウンズビル方面の敵飛行場を急襲、所在航空兵力を撃滅すべし』と命令した〔#暁の珊瑚海(文庫)41頁、#MO機動部隊詳報(1)pp.5-7〕。これはMO機動部隊が制海権のない珊瑚海に10日もとどまり、敵艦隊攻撃から敵航空基地撃滅まであらゆる任務に投入されることを意味し、連合艦隊司令部は『MO機動部隊の作戦に関し、同隊は敵の機動部隊に対する作戦を第一義とし、豪州要地の空襲については、同隊の兵力並びに豪州北方海域の情況等に鑑み、とくに慎重を用されたし。なお敵陸上基地航空兵力の撃滅には、所要の基地航空隊を集中作戦する如く取り計らわれたし』と第四艦隊の命令を取り消している〔#暁の珊瑚海(文庫)47頁、#海軍美談78頁、#MO機動部隊詳報(1)pp.8-10〕。井上中将は『第五航空戦隊は、珊瑚海方面に敵が出現した場合にのみこれを撃滅せよ』と命令を訂正した〔#MO機動部隊詳報(1)pp.10-11〕。計画では、5月3日に第十九戦隊はソロモン諸島ツラギ島を占領後にナウルオーシャン攻略に参加、MO主隊は第十九戦隊を支援したあと西進して南海支隊を支援、MO機動部隊はアメリカ軍攻撃に備えて待機、5月10日にポートモレスビーを攻略するという複雑な予定であった〔#暁の珊瑚海(文庫)34頁、#海軍美談79頁〕。日本軍の戦力分散と作戦の複雑さについては、戦闘詳報や米海軍大学校も、日本軍苦戦の一因になったと指摘している〔#暁の珊瑚海(文庫)35頁、#第6戦隊詳報(4)pp.8-9〕。また軽空母祥鳳は4月18日のドーリットル日本本土空襲でアメリカ軍機動部隊迎撃に出動し、それから急遽南下してトラック泊地に進出している。MO攻略部隊・MO機動部隊ともに『間に合わせ部隊』であり、事前の打ち合わせ・訓練もほとんど行っていなかった〔#第6戦隊詳報(4)pp.5-6〕。
一方、暗号解読により日本海軍の動きを察知したアメリカ海軍は、第11任務部隊(空母レキシントン基幹)と第17任務部隊(ヨークタウン基幹)を派遣し、日本海軍の作戦を阻止することとした〔#暁の珊瑚海(文庫)68頁〕。空母エンタープライズとホーネットはドーリットル空襲のため日本本土に接近した関係で、珊瑚海に派遣することは出来なかった〔#暁の珊瑚海(文庫)65頁〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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