翻訳と辞書
Words near each other
・ 日向めぐみ
・ 日向ゆきこ
・ 日向ゆず葉
・ 日向ゆみ
・ 日向インターチェンジ
・ 日向サンパーク
・ 日向サンパーク温泉
・ 日向サンパーク温泉 お舟出の湯
・ 日向ダム
・ 日向ネジ
日向ノエミア
・ 日向ヒナタ
・ 日向マコト
・ 日向ユキ
・ 日向一雅
・ 日向丈
・ 日向中学校
・ 日向中継局
・ 日向丸
・ 日向之国七福神霊場


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

日向ノエミア : ミニ英和和英辞書
日向ノエミア[ひなたのえみあ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [にち, ひ]
  1. (n-adv,n-t) sun 2. sunshine 3. day 
日向 : [ひゅうが, ひなた]
 【名詞】 1. sunny place 2. in the sun 

日向ノエミア : ウィキペディア日本語版
日向ノエミア[ひなたのえみあ]

日向ノエミア(ひなたノエミア、ブラジル名Noemia Atsuko Sakane Hinata、1942年12月8日 - )は、日系ブラジル人の辞書編集者兼異文化エッセイストである。サンパウロ大学フランス文学科卒業後、24歳で初来日した。1974年、に日本に永住することにし、大学にてポルトガル語、ブラジル文学などを日本に伝えた。主な業績として、『ローマ字ポ和辞典』と『ローマ字和ポ辞典』の作成がある。
== 経歴 ==

1942年昭和17年)12月8日ブラジルにて生まれた。ノエミアの両親は日本で生まれ育ち、戦前にブラジルへ移住したブラジル移民である。
生誕は太平洋戦争中で、当時ブラジルアメリカと同じ連合国として参戦し、枢軸国であった日本とは敵対関係であった。このため、ブラジルのファーストネームが付いていないと、彼女の出生届を役場に受け付けてもらえなかった。両親は彼女をとりあげた助産師の名である「ノエミア」(Noemia)をまず付けた。しかし、日本人の親として子供に日本の名前も付けないと寂しく、「敦子(あつこ)」という名も付けた。両親の姓は「坂根(さかね)」である。後に妹が生まれ、両親と合わせて4人家族で育った。
成人して、サンパウロ大学のフランス文学科を卒業後、24歳で初めて来日(1967年)。東京都費留学生として、東京都立大学でフランスの劇作家ポール・クローデルの比較研究をする。日本語力が乏しかったので、能の勉強に関しては、たくさん観て帰るしかないと言われ、「一五〇番も観て帰った」というのが唯一の自慢と言っている。
その間、都立大学の学生だった夫と知り合い、後に結婚することになる。「能の研究に来たのかと思っていたら、結局ボーイハントだったのか…」と、先輩に冷やかされた。夫はオーストラリアモナシュ大学で学ぶこととなり、ノエミアはいったんブラジルに帰国。留学の報告として日本や能について講演をおこなった。
その後結婚のためノエミアもオーストラリアに赴き、夫と同じモナシュ大学でフランス文学科の修士課程に所属した。当時の姓「坂根」は「山の坂に根っこの根」を意味するため「非常に強」く、夫の姓が「日向(ひなか)」で、「日向に当たってしまったら、これは「鬼に金棒」と思った」ことで結婚したという。結婚した後もブラジルの習慣に従い、旧姓を残しながら夫の名字を付け加えた。この結果、ノエミア敦子坂根日向(Noemia Atsuko Sakane Hinata)と、長い名前となる。日本人はよくびっくりしたものだと彼女は語っている。たとえば、川越に住み始めた1975年頃、免許を切り替えに行くと、その後、警察から電話が掛かってきて、「お宅の名前は、どうなってんのかねぇ。ややっこしいから、二つに絞ったらどうかねぇ。」と言われたことがあった。
モナシュ大学で修士論文を書く予定だったが、夫がサンパウロ大学で日本語を教えることになり、中退。夫とサンパウロに移り、里帰りした。そのとき最初の息子が生まれ、子育てをしながら、サンパウロ大学で「ポール・クローデルの笑いと能」と題する論文を書いて修士課程を修了した。
その後、1974年に日本に永住することになり、二番目の息子を1977年に出産。
再来日後、早稲田大学上智大学慶応大学東京外国語大学などで非常勤講師として、ポルトガル語及びブラジル文学を教えることになる。その傍ら、NHKラジオジャパンで、ブラジル向けの短波放送の番組のいくつかを20年間担当した。
現役時代、サンパウロ大学ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ早稲田大学早稲田大学国際言語文化研究 2006年度の活動報告 - International Institute for Language and Culture - Reports 〕で講演をおこなった。定年により大学教員からは退いたが、国際協力機構(JICA)の日系人協会や浜松市市民文化共生センターなどで、異文化について講演をおこなっている〔多文化共生社会人材育成 活動報告一覧 - 浜松市多文化共生センター(2011年1月14日の項を参照)〕。その傍ら、ポルトガル語の面白さや、異文化についてのエッセイを執筆。また、YouTubeに異文化小話を日本語とポルトガル語で毎週アップしている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「日向ノエミア」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.