翻訳と辞書
Words near each other
・ 恒山
・ 恒山区
・ 恒山線
・ 恒山郡
・ 恒岡光興
・ 恒岡章
・ 恒崎裕子
・ 恒川光太郎
・ 恒川惠市
・ 恒川愛
恒川柳作
・ 恒川英里
・ 恒川邦夫
・ 恒川隆男
・ 恒川静子
・ 恒州
・ 恒州 (河北省)
・ 恒常
・ 恒常性
・ 恒常性調節


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

恒川柳作 : ミニ英和和英辞書
恒川柳作[つねかわ りゅうさく]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
川柳 : [せんりゅう]
 【名詞】 1. comic haiku 
: [やなぎ]
 【名詞】 1. willow 2. slim 
: [さく]
  1. (n,n-suf) a work 2. a harvest 

恒川柳作 : ウィキペディア日本語版
恒川柳作[つねかわ りゅうさく]
恒川 柳作(つねかわ りゅうさく 1854年5月 - 1914年1月24日)は、日本の海軍技師横浜船渠第一号船渠(重要文化財)などのドライドックを建設したことで知られる。
==経歴==
1854年(安政元年)生まれ(神奈川県士族)。1869年(明治2年)横須賀造船所黌舎の官費生となる。「黌舎」はフランス人技術者による造船所内の学校である。1873年、黌舎を卒業し、海軍省の主船寮に出仕。以後、横須賀造船所で財産調査掛、外国費掛、通訳掛、建築課を務める。1886年(明治19年)、海軍省技手。第二海軍区鎮守府(呉)建築委員。1889年(明治22年)、呉鎮守府勤務、海軍省技師〔国立公文書館「官吏進退・明治二十二年官吏進退八・海軍省二」〕。その後、築城部横須賀支部などに勤務。
この間に横須賀の2号ドックをはじめ、呉鎮守府、佐世保鎮守府舞鶴鎮守府でドライドックを建設、商用の横浜船渠のドックを設計した。
1906年(明治39年)8月、依願免職〔国立公文書館「任免裁可書・明治三十九年・任免巻二十二」〕。
1914年大正3年)1月24日、心臓麻痺で急逝、享年61。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「恒川柳作」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.