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弓館芳夫 : ミニ英和和英辞書
弓館芳夫[きゅう, ゆみ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [きゅう, ゆみ]
 【名詞】 1. bow (and arrow) 
: [やかた, かん, たて, たち]
 【名詞】 1. (1) mansion 2. small castle 3. (2) boat cabin
: [おっと]
 【名詞】 1. (hum) (my) husband 

弓館芳夫 ( リダイレクト:弓館小鰐 ) : ウィキペディア日本語版
弓館小鰐[ゆだて しょうがく]
弓館 小鰐(ゆだて しょうがく、1883年明治16年)9月28日 - 1958年昭和33年)8月2日)は日本の新聞記者随筆家毎日新聞で記者として活動した他、『西遊記』などの翻訳でも活動した。本名は芳夫(よしお)。本名での活動も多い。
ペンネームは、中学生時代に背が低かったことから「小学生」と呼ばれていたことによる。小鰐生、小鰐狂生、小鰐坊という名義も稀に使用した。
==経歴==
岩手県西磐井郡一関町(現・一関市)出身。1896年(明治29年)、岩手尋常中学(現・岩手県立盛岡第一高校)に入学。同学年には言語学者の金田一京助、作家の野村胡堂、政治家の田子一民がおり、2年下の後輩に歌人の石川啄木がいた。
1901年(明治34年)、東京専門学校(現・早稲田大学)の高等予科に入学。本格的に創部したばかりの野球部に入部し、マネージャー兼選手となる。
1905年(明治38年)、萬朝報の記者となり、1918年(大正7年)には東京日日新聞(現・毎日新聞)に移る。定年までの間に論説委員、運動・校正・写真の各部長などを歴任し、定年後は編集局顧問に就いた。1919年(大正8年)には、日本最古のテニストーナメントである「東京オールドボーイズ庭球大会」(現・毎日テニス選手権(毎トー))の開催を実現させている。また、この間、記者としての活動のかたわらでスポーツ評論によく筆をとった他、エッセイ、中国古典文学の翻訳などでも活動をした。
1958年(昭和33年)8月2日死去。75歳。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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