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岸和田紡績 : ミニ英和和英辞書
岸和田紡績[きしわだぼうせき]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [きし]
 【名詞】 1. bank 2. coast 3. shore 
: [わ]
 【名詞】 1. (1) sum 2. (2) harmony 3. peace 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 

岸和田紡績 : ウィキペディア日本語版
岸和田紡績[きしわだぼうせき]

岸和田紡績株式会社(きしわだぼうせき)は、かつて存在した日本の紡績会社である〔大正・昭和時代の岸和田 岸和田市立図書館、2014年1月29日閲覧。〕〔岸紡, p.99-102.〕〔小寺社長と戦時下の経営 ニチボー、2014年1月29日閲覧。〕。1894年(明治27年)、大阪府南郡岸和田町(現在の同府岸和田市)に寺田甚与茂が設立した〔〔〔、2014年1月29日閲覧。〕〔岸和田市年表 岸和田市、2014年1月29日閲覧。〕。1941年(昭和16年)に大日本紡績(現在のユニチカ)と合併して解散した〔〔〔〔岸紡, p.84-88.〕。寺田財閥の主幹企業であり、工場労働者に多くの朝鮮人女性を使用したこと、岸和田市立自泉会館等の文化財を残したことでも知られる〔。
== 沿革 ==

* 1894年(明治27年)1月20日 - 寺田甚与茂が設立〔〔〔〔
* 1903年(明治36年)2月7日 - 泉州紡績を合併、同社の戎島紡績所(堺紡績所)を堺工場とする〔
* 1910年(明治43年)2月6日 - 野村分工場設立〔〔
* 1912年(大正元年)10月7日 - 春木分工場設立〔岸紡, p.35-39.〕
* 1914年(大正3年)7月31日 - 春木分工場、火災で全焼、同年12月1日には復興・再稼働〔〔
* 1923年(大正12年)7月23日 - 和泉紡績を合併、同社の工場を津工場とする〔
* 1931年(昭和6年)11月23日 - 初代社長寺田甚与茂が死去、同年12月に長男寺田甚吉が二代目社長に就任〔〔〔
* 1933年(昭和8年)10月5日 - 堺工場を休止、翌年3月31日に廃止〔
* 1934年(昭和9年) - 大阪市に営業所を開設〔
 * 同年7月26日 - 子会社として岸和田人絹株式会社を設立〔ニチボー, p.277.〕
* 1935年(昭和10年)7月25日 - 大垣工場の操業を開始〔
* 1938年(昭和13年)3月 - 専務取締役山田宗三が三代目社長に就任〔岸紡, p.103-112.〕
 * 同年9月1日 - 子会社・岸和田人絹を大日本紡績に譲渡〔
* 1940年(昭和15年)6月1日 - 天津工場を建設・操業〔
 * 同年12月 - 四男寺田栄吉が四代目社長に就任〔〔
* 1941年(昭和16年)7月26日 - 大日本紡績と正式合併、解散〔〔
 * 同年9月 - 商工省の命により、旧岸和田紡績本社工場・野村工場・津工場・大垣工場閉鎖、春木工場休止〔

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「岸和田紡績」の詳細全文を読む




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