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山県亮太 : ミニ英和和英辞書
山県亮太[やまがた]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [けん]
 【名詞】 1. prefecture 

山県亮太 ( リダイレクト:山縣亮太 ) : ウィキペディア日本語版
山縣亮太[やまがた りょうた]

山縣 亮太(やまがた りょうた、1992年6月10日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走
== 人物 ==
1992年6月10日広島県広島市西区出身〔中国新聞2012年6月12日2、19面〕〔ガンバレ!鈴が峰の星 - 広島市ホームページ 〕。176cm、68kg〔。修道中学校・修道高等学校卒、慶應義塾大学総合政策学部卒、セイコーホールディングス所属。
小学校で最初は野球をやっていたが、陸上をやっていた2学年上の兄の影響もあり、小学4年から為末大が所属していた陸上クラブで本格的に陸上を始める〔。しばらくは野球と陸上の二足の草鞋を履くが、5年生からは陸上に専念し、この年の全国大会では100mで8位に入賞している。
修道中時代は100mと400メートルリレーで全日中に出場。
修道高校1年時は大分国体少年B100mで優勝。
修道高校2年時の2009年世界ユース陸上競技選手権大会では100mで4位入賞し、メドレーリレーでは銅メダルを獲得した。
インターハイ終了後に「慶應競走部の自由な競技環境だったら自分のやりたいことができる」と感じて慶應義塾大学を志願し、
総合政策学部のAO入試(後期)を経て、慶應義塾大学総合政策学部に入学。
慶大1年時の2011年山口国体男子100mにおいて10秒23(+1.8)の日本ジュニア記録(当時)を樹立して3位入賞。
慶大2年時の2012年織田記念陸上男子100m予選にて10秒08(+2.0)をマークし同年のロンドン五輪A標準記録を突破。
2012年6月、ロンドンオリンピック短距離日本代表に選出された。大会の男子100m走では、8月4日の予選で自己記録を更新する10秒07(+1.3)の6組2位で、北京オリンピックの塚原直貴に続く準決勝進出を果たした〔山県自己ベスト10秒07(+1.3)で準決進出 日刊スポーツ 2012年8月4日閲覧〕。8月5日の準決勝では10秒10の3組6位で、決勝進出を逃した。
なお、男子4×100mリレーでは日本チーム(山縣亮太-江里口匡史-高平慎士-飯塚翔太)の第1走を務め、予選を38秒07の全体4番目の記録で通過。決勝では38秒35で4位入賞(USA失格、5位→4位に順位繰上げ)を果たした。
2013年6月、日本選手権100mで初優勝、世界選手権の代表入りを決めた。
2013年7月にカザンで開催されたユニバーシアードの男子100mでは10秒21で2位になった。また、男子4×100mリレーでは日本チーム(山縣亮太-原洋介-与那国塁-飯塚翔太)の第1走を務め、決勝では39秒12で2位になった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「山縣亮太」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Ryota Yamagata 」があります。




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