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小泉六一 : ミニ英和和英辞書
小泉六一[こいずみ ろくいち]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ろく]
  1. (num) six 
: [いち]
  1. (num) one 

小泉六一 : ウィキペディア日本語版
小泉六一[こいずみ ろくいち]

小泉 六一(こいずみ ろくいち、1875年明治8年)3月6日 - 1945年昭和20年)3月1日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将
==経歴==
広島県出身。広島藩下士・士族秋山恂一の次男として生れ、小泉弥一の養子となる。陸軍幼年学校を経て、1896年(明治29年)5月、陸軍士官学校(7期)を卒業、翌年1月歩兵少尉に任官し、歩兵第21連隊付となる。1903年(明治36年)11月、陸軍大学校(17期)を卒業。日露戦争時には歩兵第11連隊中隊長第4師団参謀第2軍参謀を務めた。
第1師団参謀、陸軍省軍務局歩兵課員、歩兵第1連隊付、欧州出張を経て、第一次世界大戦において1915年(大正4年)8月から青島守備軍副官となった。以後、歩兵第1連隊長、軍務局歩兵課長などを歴任し、1920年(大正9年)8月、陸軍少将に進級。陸軍兵器本廠付(作戦資材整備会議幹事長)を経て、憲兵司令官となるが、1923年(大正12年)9月の関東大震災直後に起こった甘粕事件により、9月20日に停職、翌年1月に待命となった。
しかし、1924年(大正13年)2月には歩兵第13旅団長として復帰し、1925年(大正14年)5月、陸軍中将となった。支那駐屯軍司令官、第11師団長、第3師団長などを歴任し、1930年(昭和5年)8月、予備役に編入された。
1936年(昭和11年)から1944年(昭和19年)6月まで、帝国在郷軍人会副会長を務めた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「小泉六一」の詳細全文を読む




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