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孝端顕皇后 : ミニ英和和英辞書
孝端顕皇后[こうたんけんこうごう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こう]
 【名詞】 1. filial piety 
: [はし]
 【名詞】 1. end (e.g., of street) 2. edge 3. tip 4. margin 5. point
皇后 : [こうごう]
 【名詞】 1. (Japanese) empress 2. queen 
: [きさき]
 【名詞】 1. empress 2. queen

孝端顕皇后 : ウィキペディア日本語版
孝端顕皇后[こうたんけんこうごう]

孝端顕皇后(こうたんけんこうごう、1564年 - 1620年)は、万暦帝皇后である。姓王 喜姐(おう きしゃ)〔餘姚雙雁万暦皇后王喜姐宗譜(原姓黄)〕。
浙江餘姚の出身。従九品文思院副使の王偉の長女として生まれた。万暦6年(1577年)、選抜されて皇后となった。父の王偉は伯爵(永年伯)に封じられた。
真赤の服を好み〔定陵考古報告〕、後宮の主として聡明かつ謹厳な性格で、極めて有能であった。万暦帝の文書の収集、整理、皇太后たちへの孝事をこなし、太子朱常洛(のちの泰昌帝王皇貴妃の子)を支持し、皇帝の寵妃(鄭皇貴妃)には寬容で、自身に皇帝の寵愛はなくとも皇后の地位を盤石にした。一方で、宮女や太監(宦官)たちへの虐待を数多く行い、時には死に至らしめた。
万暦48年(1620年)、崩じた。孝端貞恪荘恵仁明媲天毓聖顕皇后諡号を贈られた。
== 子女 ==

*朱軒媖(栄昌公主)

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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