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大雄辰実 : ミニ英和和英辞書
大雄辰実[み, じつ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おす]
 【名詞】 1. male (animal) 
: [たつ]
 【名詞】 1. fifth sign of Chinese zodiac (The Dragon, 7a.m.-9a.m., east-southeast, March) 
: [み, じつ]
 【名詞】 1. fruit 2. nut 3. seed 4. content 5. good result 

大雄辰実 ( リダイレクト:大雄辰實 ) : ウィキペディア日本語版
大雄辰實[だいゆう たつみ]
大雄 辰實(だいゆう たつみ、1940年5月27日 - )は、鹿児島県肝属郡大根占町(現在の肝属郡錦江町)出身で、かつて井筒部屋に所属していた大相撲力士である。本名は柳田 辰実(やなぎだ たつみ)→横山 辰実(よこやま - )。現役時代の体格は179cm、115kg。最高位は東前頭筆頭(1968年9月場所)。得意手は右四つ、寄り。
== 来歴 ==
中学を卒業後、上京して井筒部屋に入門し、1956年5月場所で初土俵を踏んだ。序ノ口に付いた時の四股名は、故郷の町名に因んだ「大根占(おおねじめ)」(その後、1961年11月より「大雄」に改名している)。
もろ差し得意の技能力士として知られ、大関清國に対しては分が良かった(幕内での対戦成績は、4勝1敗)。しかし立ち合いが遅く、速攻相撲の力士に対しては苦戦した。三役昇進や三賞受賞、金星獲得も一度も無い不運な力士ではあったが(幕内では2度10勝を挙げたが、敢闘賞は何れも他の力士に持って行かれている。前頭上位(筆頭~5枚目以内)での勝ち越しも2度記録したものの、三役には惜しくも星が足りなかった)、1972年9月場所を最後に引退するまで、計43場所幕内を務めた。
引退後は年寄陸奥を経て、同・甲山を襲名。1974年より元前頭4枚目・星甲の陸奥が新設した陸奥部屋に移り、同部屋付きの親方として後進の指導に当たった。しかし、長男・征宏(ゆきひろ、当初の四股名は「星大佑」、後に「江戸葵」→「龍甲」と改名)の入門に伴い、1989年に陸奥部屋から独立して甲山部屋を創設。以降は師匠として、前述の江戸葵(龍甲)や甲錦など将来性豊かな力士を擁したが、関取を育てる事はできなかった。2002年7月場所後には所属力士が1人もいなくなったため、部屋が消滅した。
当初は自身の持病の療養のため、甲山の名跡を元関脇琴錦(現・中村)の琴錦親方に譲り渡し、2002年9月場所後をめどに相撲協会を退職すると公式に表明していた。しかし、9月場所直前になって後援者や時津風一門の親方衆の説得により翻意し退職を撤回した。背景には、時津風一門から甲山の年寄名跡を一門外に流出する事を防止するといった事情もあったとされる。
その後は同じ一門の湊部屋に転属となり、2005年5月の停年退職まで協会に在籍した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「大雄辰實」の詳細全文を読む




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