翻訳と辞書
Words near each other
・ 大アニメ博覧会
・ 大アフリカ
・ 大アマゾンの半魚人
・ 大アミール
・ 大アヤックス
・ 大アラコ古窯跡
・ 大アラル海
・ 大アルカナ
・ 大アルバニア
・ 大アルバニア主義
大アルベルトゥス
・ 大アンダマン語
・ 大アンダマン語族
・ 大アンダマン諸語
・ 大アンチル諸島
・ 大アンティル諸島
・ 大アントニア
・ 大アントニウス
・ 大アントニオス
・ 大アーヤトゥッラー


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

大アルベルトゥス : ミニ英和和英辞書
大アルベルトゥス
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


大アルベルトゥス ( リダイレクト:アルベルトゥス・マグヌス ) : ウィキペディア日本語版
アルベルトゥス・マグヌス

アルベルトゥス・マグヌスAlbertus Magnus, 1193年頃 - 1280年11月15日ケルン)は大聖アルベルト(St.Albert the great)、ケルンのアルベルトゥスとも呼ばれる13世紀のドイツキリスト教神学者である。またアリストテレスの著作を自らの体験で検証し注釈書を多数著す。錬金術を実践し検証したこともその一端である。
カトリック教会聖人(祝日は命日にあたる11月15日)で、普遍博士(doctor universalis)と称せられる。トマス・アクィナスの師としても有名である。ピウス10世によって教会博士の称号を与えられている。
== 生涯 ==
ドイツのシュヴァーベン地方ラウインゲンに貴族の子弟として生まれたアルベルトゥスは、イタリアのパドヴァ大学で哲学、自然科学、医学を学び、30歳のときにヨルダヌスにつきドミニコ会会員となりボローニャで神学を学んだ。パリ大学ケルンのドミニコ会の学校など各地で神学と哲学の教鞭をとった他、教会行政にも手腕を発揮した。
1254年にドミニコ会のドイツ(テウトニカ)管区長に就任し、また1259年にヴァレンシアの院長会議でトマス他とドミニコ会学校の修学規則を作成したほか、1261年から数年の間、レーゲンスブルクの司教を務めた。
晩年は主にケルンを中心とするドイツ各地で活動したが、1274年には第2リヨン公会議に出席した。またトマスの死後、1277年パリにおいてトマスに異端の嫌疑を掛けられたときは、老境にあったアルベルトゥスはケルンからパリまで徒歩で旅行して、その弟子を弁護した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「アルベルトゥス・マグヌス」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Albertus Magnus 」があります。




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.