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和田喜久夫 : ミニ英和和英辞書
和田喜久夫[わだ きくお]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [わ]
 【名詞】 1. (1) sum 2. (2) harmony 3. peace 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [おっと]
 【名詞】 1. (hum) (my) husband 

和田喜久夫 : ウィキペディア日本語版
和田喜久夫[わだ きくお]

和田 喜久夫(わだ きくお、1951年3月1日 - )は、日本の元レスリング選手。新潟県レスリング協会理事長。1972年ミュンヘンオリンピックレスリングフリースタイル68キロ級銀メダリスト。
== 人物 ==
新潟県三島郡寺泊町(現長岡市)出身。寺泊町立寺泊中学校(現:長岡市立寺泊中学校)時代は柔道をやっていたが、新潟県立巻農業高等学校(現:新潟県立巻総合高等学校)に入学してからレスリングに転向〔最強のライバルに感謝 “あの日あの時 わたしの五輪” 読売新聞新潟県版 2013年10月22日付〕。
1969年に明治大学に進学。1970年アジア競技大会(・バンコク)でフリースタイル68キロ級で優勝〔Asian Games Freestyle Seniors Sportarten am IAT〕。国内では無敵を誇っていたが、1971年のレスリング世界選手権(・ソフィア)では()に敗れて5位に終わる。
ライバルであるゲーブルへの雪辱を期して臨んだ1972年のミュンヘンオリンピック()では再びゲーブルと対戦するも、手も足も出ない完敗を喫して銀メダルに終わった〔。
その後、1976年のモントリオールオリンピック()を目指そうとしたが、大病を患った為に断念した〔。
現在は故郷・新潟へ帰り、新潟県レスリング協会理事長としてオリンピック選手を新潟から輩出するべく奮闘している〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「和田喜久夫」の詳細全文を読む




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