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和泉覚 : ミニ英和和英辞書
和泉覚[いずみ さとる]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [わ]
 【名詞】 1. (1) sum 2. (2) harmony 3. peace 

和泉覚 : ウィキペディア日本語版
和泉覚[いずみ さとる]

和泉 覚(いずみ さとる、1912年(明治44年)5月18日 - 2005年平成17年)5月7日)は、創価学会理事長(第4代)、政治家。静岡県出身。職業軍人として、1942年(昭和17年)暮れ、最前線のニューギニアに出兵。九死に一生を得て、1946年(昭和21年)6月復員。戦後、戸田城聖の下で、柏原ヤスらと共に、創価学会の再建に奔走。同会理事、小岩支部長、江東総支部長などを経て、理事長(第4代)、日蓮正宗法華講大講頭となる。参議院議員(1期)を歴任する。
== 経歴 ==

*1912年(明治44年)、宗吾、ちかの長男として、静岡県下田市に生まれる。代々、禅宗の檀家総代をしてきた家に生まれるが、祖父の代から家が没落。。生後3年目に、母と死別。父は出奔、莫大な借金だけが残る。
*1940年(昭和15年)7月27日、牧口常三郎に出会い、創価教育学会に入会。入会当時は、長男を生後4日目で亡くし、脳性小児麻痺の長女を抱え、懊悩する日々であった。〔池田大作著『人間革命』第3巻 86~104頁〕
*1942年(昭和17年)、東京外事専門学校(現・東京外国語大学)ロシア語専修科卒業(30歳)。1946年6月21日復員後、1946年11月、日本婦人新聞社に経路部長で入社後、専務を、その後、日刊工業新聞社総務局次長、大蔵商事代表取締役を歴任。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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