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呉文炳 : ミニ英和和英辞書
呉文炳[くれ ふみあき]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ご]
 【名詞】 1. giving 2. doing (something) for 
: [ぶん]
 【名詞】 1. sentence 

呉文炳 : ウィキペディア日本語版
呉文炳[くれ ふみあき]

呉 文炳(くれ ふみあき、1890年明治23年)5月3日 - 1981年昭和56年)11月18日)は、日本経済学者経済学博士慶應義塾大学)。日本大学第4代総長、貴族院議員広島県呉市名誉市民呉文聰・やす夫妻の次男として東京府(現・東京都)に生まれた。
== 人物 ==
曽祖父は蘭学者箕作阮甫。祖父は箕作阮甫の弟子で医者呉黄石。父は「国勢調査の父」と謳われた統計学者の呉文聰。叔父は日本で初めて精神医学精神医療を確立し、「精神医学の父」と謳われた医学者呉秀三。兄は内科学者呉建従弟には西洋古典学者の呉茂一と、学者の家系として著名な箕作家に生まれる(厳密には父方の祖母が箕作家の娘)。妻は荵、長男は正恭(日本大学芸術学部教授)長女は直子(伊東基保に嫁ぐ)次男は直彦(医師 呉内科診療所長)。母方の従弟に歌手高英男がいる。経済学を専攻し、経済学における『信託』という概念を日本に初めて持ち込み、広めた事でも知られている。総長就任後は、三島キャンパスの設立と発展に力を注ぎ、1975年には呉市の名誉市民第一号に選ばれる。経済学以外の分野でも著書を多数執筆している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「呉文炳」の詳細全文を読む




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