翻訳と辞書
Words near each other
・ 兵隊さんの汽車
・ 兵隊さんよありがとう
・ 兵隊にはなりたくない
・ 兵隊やくざ
・ 兵隊シナ語
・ 兵隊元帥欧州戦記
・ 兵隊勘定
・ 兵隊心
・ 兵隊心臓
・ 兵隊支那語
兵隊王
・ 兵難
・ 兵頭一歩
・ 兵頭二十八
・ 兵頭佐和子
・ 兵頭健斗
・ 兵頭冽
・ 兵頭勝代
・ 兵頭拓海
・ 兵頭敬


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

兵隊王 : ミニ英和和英辞書
兵隊王[へいたい]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [へい]
 【名詞】 1. (1) (common) soldier 2. rank and file 3. (2) army 4. troops 5. (3) warfare 6. strategy
兵隊 : [へいたい]
 【名詞】1. soldier 2. sailor
: [たい]
 【名詞】 1. party 2. company 3. body (of troops) 4. corps
: [おう]
  1. (n,n-suf) (1) king 2. ruler 3. sovereign 4. monarch 5. (2) king (for senior player) (shogi) 

兵隊王 ( リダイレクト:フリードリヒ・ヴィルヘルム1世 (プロイセン王) ) : ウィキペディア日本語版
フリードリヒ・ヴィルヘルム1世 (プロイセン王)[ふりーどりひう゛ぃるへるむ1せい]

フリードリヒ・ヴィルヘルム1世Friedrich Wilhelm I., 1688年8月14日 - 1740年5月31日)は、第2代の「プロイセンにおける王」。粗暴で無教養だったが、財政・軍制の改革によってブランデンブルク=プロイセンの強大化に努め、兵隊王(または軍人王、Soldatenkönig)とあだ名された。
== 生涯 ==

=== 生い立ち ===
1688年8月14日、後に「プロイセンにおける王フリードリヒ1世となるブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世とその妻ゾフィー・シャルロッテハノーファー選帝侯エルンスト・アウグストの娘)との間に生まれた。
1689年から1692年までハノーファーの祖母ゾフィー・フォン・ハノーファーに育てられ、その後ドーハ城伯アレクサンダーやユグノーのジャン・フィリップ・ロビュールらによって教育を受けた。1698年の10歳の誕生日には父からヴスターハウゼンの荘園を贈られ、1701年のフリードリヒ1世の即位に伴ってオラーニエン公となった。
1706年11月28日、王太子フリードリヒ・ヴィルヘルム1世は母方の伯父ハノーファー選帝侯ゲオルク1世(後のイギリス国王ジョージ1世)の娘で従姉に当たるブラウンシュヴァイク=リューネブルク=ハノーファー公女ゾフィー・ドロテアと結婚した。ゾフィー・ドロテアとの間には、4人は早世したものの計14人の子供を儲け、ロココ時代の君主のならいであるような多情を抱かなかった。
1713年2月25日、父王の死によってプロイセン王位を継承したが、フリードリヒ1世の浪費によってこの時のプロイセンは破産寸前だった。こうして新王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世は軍事・財政の全般的な改革に乗り出すことになる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「フリードリヒ・ヴィルヘルム1世 (プロイセン王)」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Frederick William I of Prussia 」があります。




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.