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公娼制度 : ミニ英和和英辞書
公娼制度[こうしょう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こう]
  1. (n,suf) prince 2. lord 3. duke 4. public 5. daimyo 6. companion 7. subordinate
公娼 : [こうしょう]
 【名詞】 1. licensed prostitution 2. registered prostitute
: [せい]
  1. (n,n-suf,vs) system 2. organization 3. organisation 4. imperial command 5. laws 6. regulation 7. control 8. government 9. suppression 10. restraint 1 1. holding back 12. establishment 1
制度 : [せいど]
 【名詞】 1. system 2. institution 3. organization 4. organisation 
: [ど]
  1. (n,n-suf) (1) degree (angle, temperature, scale,  2. (2) counter for occurrences 3. times 4. (3) strength (of alcohol) 5. (4) (uk) (pref) very 6. totally 

公娼制度 ( リダイレクト:公娼 ) : ウィキペディア日本語版
公娼[こうしょう]
公娼(こうしょう)とは、娼婦売春婦)のうち、公に営業を許された娼婦〔大辞林、三省堂、1988.〕をいう。公の営業許可を得ていない私娼に対する。
== 概念・大要 ==
(定義・概念について)
山下英愛は公娼制度を「国家や都市で一定基準のもとに女性の買春を公認し、売買春を適法行為とみなすこと」と定義している〔山下英愛「朝鮮における公娼制度の実施」ユン貞玉編『朝鮮人女性がみた「慰安婦問題」』三一新書,1992年,p129.〕。
近代公娼制度について、秦郁彦はナポレオンの戦争で性病が兵士に流行したことがきっかけで19世紀初頭に始まったとし、また藤目ゆきは「軍隊慰安と性病管理を機軸とした国家管理売春の体系」と定義したうえで、近代公娼制度はフランス政府で確立し、その後ヨーロッパやイギリス、日本にも導入されたと指摘している(藤目ゆき〔「性の歴史学 公娼制度・堕胎罪体制から売春防止法・優生保護法体制へ」1997,p51〕)
眞杉侑里は、日本の近代公娼制について、1872年(明治5)年の太政官達295号(娼妓解放令)を画期として、「前近代のそれとは隔絶する形で再構成された売春統制政策であり、娼妓が届出を行う事によって稼業許可を与え、一定の制限区域(貸座敷指定地)でのみ営業を認めるものであった」と述べている〔「人身売買排除」方針に見る近代公娼制度の様相 」立命館大学人文科学研究所紀要 93, 237-268, 2009,p237-238〕。
また、「近代公娼制度はその成立段階に於いて人身売買を禁止(「娼妓解放令」)し、以降もその方針は継続するものであり、再編された公娼制度にあっては並存すべきものといえる」と指摘したうえで、近代公娼制における人身売買的側面の研究を行った〔
つまり、私娼を禁じて取り締まる一方で、年齢その他の条件に合えば合法として登録認可し、性病防止のための検査などを義務づけて行うものである。また営業範囲について、一定区画でのみの場合(集娼制)と制限がきつくない場合(散娼制)がある。
(実際について)
日本では集娼制をとり、その多くは江戸時代からある遊郭という日常生活も区画内に制限する形式を受け継いだ。これは九州においてはマリア・ルス号事件からの外国人の目を気にした面も指摘されるし、日露戦争後の満州大連においては現地の目を気にしたのが一因とも言われる。同じようにフランスなどでは娼婦の館からの外出が制限されていた。明治初めから娼妓(娼婦)の自由意志による営業を原則としつつも、この遊郭・集娼制という閉鎖環境は女衒を通じた前借金という契約慣行と合わさって、無知につけ込んだ不正な契約や搾取が横行する温床となり、公娼廃止の運動に力を与えた。(強い不正行為が全体の中で占める比率は高くないことを示す統計もあり一般には認識が固まっていない)
このような条件付き公認娼婦というものが古くから生じてきた理由として私娼の取り締まりの難しさが存在する。自由恋愛の金銭援助とさまざまな形態の私娼との区別が付きにくいこと、貧しさによる売春への流れを防ぐ有効な方法がないこと、明確に非合法化すると犯罪組織を引き入れやすいこと、などである。誘拐・人身売買の監視の便利ということもすでに江戸初期の遊郭設置の名目にあった〔「日本遊郭史」(上村行彰) p118 吉原の開基 三カ条の覚書〕。近代になっては性病検査を彼女等が避けごまかす傾向が強かったという事情もある(理由は恥ずかしさ・営業を続けるため・費用・女性の自覚症状のうすさ・性病の害の認識が発達途上だったこと)。
近代公娼の拡大と共に公娼への反対運動も19世紀から存在したが、思想・価値観による傾向も強く、性病や労働環境などの実際の改良意見よりも、廃止と存続を廻る意見が多かった。第二次大戦前に欧米中心に公娼廃止が広がったのは、欧州女性の国際的人身売買の受け皿として、南米の娼館があったからだという。
近年、貧富の差やエイズ防止などから売春を合法化する国が増えているようで、新しいその中には免許制や安全のための公的管理など公娼制度といえるものがある。〔週刊プレイボーイ記事(転載)(2013-11-26)http://news.nicovideo.jp/watch/nw854738、著者ブログ(2013-11-25)http://www.tachibana-akira.com/2013/11/6129

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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