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仲川翠 : ミニ英和和英辞書
仲川翠[なかがわ みどり]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [なか]
 【名詞】 1. relation 2. relationship 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 

仲川翠 : ウィキペディア日本語版
仲川翠[なかがわ みどり]

仲川 翠(なかがわ みどり、1924年8月20日 - 2005年3月13日)は、日本の教育者。北海道高等学校体育連盟、北海道高等学校野球連盟の元会長。元プロ野球選手北海道小樽市出身(札幌市生まれ)。
== 来歴・人物 ==
北海道札幌市に生まれ、4歳で小樽市に移住。旧制小樽中学校から東京高等師範学校(現・筑波大学)に進学。在学中は東都大学リーグで活躍し、母校の一部昇格に貢献した。卒業後東和ゴムに入社したが、プロ野球再編問題によるセ・リーグ誕生に伴い新設され、選手が不足していた新球団国鉄スワローズの誘いに応じて入団。シーズン途中の入団だが、同期に金田正一がいる。投手として国鉄に2年在籍後に引退。本人は後に当時を振り返って、「プロで食べていこうという心づもりは無く、野球の大学をちょっと覗いてみようというぐらいの気持ちだった。」と述懐している〔「熱球・北の軌跡 社会人野球物語」毎日新聞社北海道支社発行〕。
その後帰郷して小樽市役所に入り、アマチュア復帰して小樽野球協会で30歳までプレー、1971年小樽市教育委員会次長。その後、北海道留辺蘂高等学校北海道三笠高等学校北海道富良野高等学校北海道室蘭栄高等学校校長を歴任し、1985年3月北海道札幌東高等学校校長を最後に教職を勇退。他に北海道高等学校体育連盟、北海道高等学校野球連盟の会長も兼任し、教育者として大きな功績を残した。
2005年3月13日、小樽市で死去。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「仲川翠」の詳細全文を読む




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