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一澤帆布店 : ミニ英和和英辞書
一澤帆布店[いち]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いち]
  1. (num) one 
: [ほ]
 【名詞】 1. sail 
帆布 : [ほぬの, はんぷ]
 【名詞】 1. sailcloth 2. canvas
: [ぬの]
 【名詞】 1. cloth 
: [みせ]
  1. (n,n-suf) store 2. shop 3. establishment 

一澤帆布店 ( リダイレクト:一澤帆布工業 ) : ウィキペディア日本語版
一澤帆布工業[いちざわはんぷこうぎょう]

一澤帆布工業株式会社(いちざわはんぷこうぎょう)は、日本京都府京都市東山区にある布製かばんのメーカーである。「京都市東山知恩院前上ル 一澤帆布製」と縫い込まれた赤枠のタグで知られる。
== 概説 ==
初代一澤喜兵衛(1853年嘉永6年)生まれ)が行っていた西洋洗濯(クリーニング)や楽団KYOTO BANDが始まり。現在の一澤帆布は、1905年明治38年)に創業。大正時代になると2代目一澤常次郎のもとで、薬屋、牛乳屋、大工、植木屋、酒屋などの職人用カバンの製造を行った。3代目一澤信夫は戦後にリュックサックテントも手がけ、登山用品のトップブランドとなる。また『平凡パンチ』『POPEYE』『an・an』など若者の雑誌や『家庭画報』などに取り上げられたことで注目を集め、一般の顧客も帆布かばんに興味を持ちはじめる。 1980年に信夫三男、信三郎が朝日新聞社を退社して家業に戻り、1988年に4代目の社長となる。1992年に本社ビルを新設。家業を継いだ当時は社員わずか10数名の零細企業だったが、老若男女さまざまな人が使える帆布かばんを考案、色数や種類も増やし、約20年かけて社員も70人を超え、帆布かばんを製造直売する店として世間に広く認知される。そんな中、2006年平成18年)、相続をめぐるトラブルにより一時営業休止。同トラブルにより、信三郎とそれまで勤めてきた職人は全員退社して、同様のかばんを取り扱う一澤信三郎帆布を設立。一澤帆布工業株式会社の社長となった長男の一澤信太郎は新たな職人と素材で2006年(平成18年)10月16日より営業を再開した。しかし2009年(平成21年)6月に裁判で信三郎が逆転勝訴し、信三郎夫妻が3年ぶりに経営に復帰したことに伴い、7月7日から休業していた。 2010年(平成22年)、四男喜久夫が「帆布カバン㐂一澤」(きいちざわ)を開店。 2011年(平成23年)3月28日、信三郎が「一澤帆布製」のブランド復活、並びに4月6日から一澤帆布工業株式会社の店舗にて一澤信三郎帆布が営業を再開すると発表した。一澤信三郎帆布が製造することとなった「一澤帆布製」ブランドと、従来の「信三郎帆布」「信三郎布包」とは併売されている。 現在、一澤信三郎帆布では、「信三郎帆布」「信三郎布包」「一澤帆布製」の3ブランドを展開中。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「一澤帆布工業」の詳細全文を読む




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