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ヴォンダ・シェパード : ミニ英和和英辞書
ヴォンダ・シェパード[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ヴォンダ・シェパード : ウィキペディア日本語版
ヴォンダ・シェパード[ちょうおん]

ヴォンダ・シェパード(Vonda Shepard、1963年7月7日 - )は、アメリカ合衆国出身のロックシンガー。テレビ番組「アリー my Love」で、劇中の人物たちが立ち寄るバーの専属シンガーとしてよく登場していた。ピアノギターベースを弾く。
==プロフィール==
ヴォンダ・シェパードはニューヨークで生まれたが、ごく幼いころに一家でカリフォルニアに移住。小さいころからピアノを弾いていた。彼女の父親はリッチモンド・シェパードといって、パントマイム即興劇俳優である。そして彼女には3人の姉妹、Rosetta、Luana、Biannaがいる。母親はヴォンダが10歳のときに家族の元を去っており、父親が独りでこの4人の娘を育てあげた。
彼女は何年もバックシンガーとして活動し、その後ようやく自分のレコード契約を手にした。シェパードが最初にチャートに姿を現したのは1987年、とのデュエット「Can't We Try」をレコーディングしたときである。1989年には最初のセルフタイトルアルバムを、ひっそりとだったがリリースした。このアルバムは1曲のヒットシングルをもたらした。「Don't Cry Ilene」という、ミドルテンポのピアノに乗せたジャズR&B風の歌であり、周囲の圧力によって別れてしまった黒人女性と白人男性を曲にしたものである。この曲は、その黒人女性の友人である白人女性の視点から歌われている。彼女には相手の白人男性に近づきたいという思いがあるが、友人への配慮から距離を作ってしまう。この曲はビルボード・ホット・アダルト・コンテンポラリーのチャートに最高時17位にランクインし、12週チャートにとどまった。
3番目のアルバムの後、シェパードは「アリー my Love」への出演契約を結んだ。これは、番組制作者のデビッド・E・ケリーに見いだされたためである。この番組において、彼女は2つのフルサウンドトラックアルバムをレコーディングし、またそれとは別に2つの「アリー my Love」コンピレーションに参加した。シェパードがこのサウンドトラックのためにレコーディングした歌は主に古い歌で、それらの歌詞は番組の主人公が出くわした出来事にあわせたものである。番組出演後、シェパードはさらに2つのスタジオ・アルバムライブ・アルバムをリリースしている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ヴォンダ・シェパード」の詳細全文を読む




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