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ローラ・ロブソン : ミニ英和和英辞書
ローラ・ロブソン[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ローラ・ロブソン : ウィキペディア日本語版
ローラ・ロブソン[ちょうおん]

ローラ・ロブソンLaura Robson, 1994年1月21日 - )は、イギリスウィンブルドン出身の女子プロテニス選手。WTAランキング自己最高位はシングルス52位、ダブルス99位。身長178cm。左利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。2008年ウィンブルドン選手権ジュニア女子シングルスにおいて、史上2番目の若年優勝となる〔〔14歳166日で1984年の以来24年振りの同部門地元優勝者となり〔、2009年全豪オープン2010年全豪オープンの同部門でも2年連続で準優勝の成績を収めた〔〔〔。プロデビュー後はアンディ・マレーと組んで出場したロンドンオリンピック混合ダブルス部門で銀メダルを獲得、2012年全米オープン女子シングルス1998年ウィンブルドン選手権女子シングルス部門で4回戦に進出したサマンサ・スミス以来のイギリス人女子によるグランドスラムシングルス4回戦進出を果たし、同年9月の広州国際女子オープンシングルス部門でジョー・デュリー以来22年ぶりのWTAツアーシングルス決勝進出を記録したイギリス人選手である。
== 選手経歴 ==
ロイヤル・ダッチ・シェルの幹部を務める父アンドリューと、元プロバスケットボール選手でスポーツ監督の母キャシー の間に、2人兄妹の長女としてオーストラリアメルボルンで生まれる。ローラが1歳半の頃、家族はシンガポールに移住。ローラが6歳になると今度はイギリスに移住し、後に同国に帰化。ロンドンウィンブルドン地区のオールイングランド・クラブから徒歩5分足らずの場所に居を構えた〔。母キャシーは、この頃には既にいつもラケットを手放さずテニスを楽しんでいた娘に才能の片鱗を感じ取っていたという。7歳になるとサリー州にあるジュニア・テニスアカデミーに入学。10歳で世界的なスポーツマネジメント会社の一つとして知られるオクタゴン・ワールドワイドと専属マネジメント契約を結び、11歳でアディダスと契約。この時点で既にウイルソンとのラケット使用契約を交わし〔、2009年3月には同社と全面的な用具使用契約を締結している。イギリスのテニス協会であるから派遣された協会の代表カール・メイズら複数のコーチの指導を受けた後、2007年に現在のコーチであるオランダ人のマタイン・ボークと指導契約を結んだ〔。ボークはロブソンのテニスを初めて見た当時を振り返り、「試合中に感情の制御が効かなかったり、また幾つかの欠点もあったが、それ以上に彼女に多くの可能性を感じた」と語っている〔。この年からロブソンは協会が新設したナショナルトレーニングセンターでメイズ、ボーク、協会女子テニス部門責任者のナイジェル・シアーズ(アマンダ・クッツァーダニエラ・ハンチュコババルバラ・シェットらのコーチを歴任してきた人物)の下で訓練を受けるようになり〔〔、テニスに専念するため学校には通わずホームスクーリングで学業を行うようになる〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ローラ・ロブソン」の詳細全文を読む




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