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ラーマグプタ : ミニ英和和英辞書
ラーマグプタ[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ラーマグプタ : ウィキペディア日本語版
ラーマグプタ[ちょうおん]

 ラーマグプタはサムドラグプタの長男で、父王を継承し、弟であるチャンドラグプタ2世に後を継がれた。当初、彼は伝統的物語だけで知られていたが、その後、ジャイナ教の祖師Tirthankaraの図像に彫られた3つの碑文がビディシャ近郊のDurjanpurから発見された。そこでは、 ''マハーラージャディラージャ(王中の大王)''として言及されている。彼は、強制されて彼の兄の婚約者と結婚し、ルドラシンハ4世(Rudrasimha)王に破られ、悩んだ後、王妃をルドラシハ王に送ることにした。チャンドラグプタ2世はDhruvaswaminのいる宮殿に赴き、ルドラシンハ4世を殺し、その後ラーマグプタも殺した。大量の彼の銅貨もビディシャとエランから発見されている〔Agarwal, Ashvini (1989). ''Rise and Fall of the Imperial Guptas'', Delhi:Motilal Banarsidass, ISBN 81-208-0592-5, pp.153-9.〕。

==伝承におけるラーマグプタ==

 現在の研究者は最初にラーマグプタの伝承記録に関して気づいたのは1923年のことだったシルヴァン・レヴィが''Devichandragupta''という名の今は失われたサンスクリット演劇を、''Natyadarpana''から取り出した。それはこのテキストのうちの6章を含んでいた。''Natyadarpana''はサンスクリット語の演劇論に基づいており、2人のジャイナ教徒の著者、ラーマチャンドラとグナチャンドラによって書かれていた。同年 R. Saraswati も3つの ''Devichandragupta''(チャンドラグプタと王妃)の用例を発見し、それはボージャ王の''Shringaraprakasha'' と''Sarasvatikanthabharana''の中で引用されていた。1924年にはRakhaldas Bandyopadhyayアモーガヴァルシャ1世のサンジャンの銅板文書に刻印された韻文から見つかった情報を用いて補った。同年 Banabhatta作の Harshacharitaにも短い引用も、 注釈家Shankararyaにより明らかにされた〔。
A.S. Altekarは、サンジャンカンバトサーングリーで発見された銅板文書の刻文に''Devichandragupta''の断片、Banabhattaの短い引用、Rajashekharaの作品''Kavyamimamsa''での詩文、ペルシア語テキストで発見されたRawwalとBarkamarisの物語、''Mujmal-ut-Tawarikh'' (無名のサンスクリット語の翻訳をAbu-al Hasan Aliがアラビア語に翻訳したもの)、などの証拠に基づいて、伝承で言及されているラーマグプタは実在したと結論づけた〔。
 ラーマグプタは臆病者だった。彼はチャンドラグプタ2世と婚約していたDhruvaswaminiと強制的に結婚させられた。彼の兄弟がサムドラグプタの死後、未来のグプタ王として宣言したけれども、ラーマグプタはグプタ帝国の王になった。伝承によれば、ラーマグプタは彼の王国をグジャラートサカ族を攻撃することによって拡大しようと決心した。遠征は悪い結果をもたらし、グプタ軍は閉じ込められた。サカ王ルドラシンハ3世は平和と交換に妻のDhruvswaminiを寄越すよう要求した。弱い王は彼の兄弟チャンドラグプタと彼の妻への怒りから、この条件を受け入れる方に傾いた。言い逃れを用いてチャンドラグプタはサカ族の軍営に向かい、サカ王を殺害し、勝利を得てサカ王妃と民衆の尊敬も勝ち取った。少し後ラーマグプタは廃され、彼のチャンドラグプタ2世によって殺された。チャンドラグプタ2世は以前の義姉であるDhruvswaminiと結婚した。
 この物語は彼女が口実を設けて夫から自由になる、という点などが、Rani Padmini of Chittor の物語と似ている。Dhruvadevi はチャンドラグプタ2世の王妃であり、王の後継者クマーラグプタの母だった。チャンドラグプタ2世もサカ王国を征服している。これらの物語のうち、どの部分がラーマグプタが演じた部分の反映なのかは明らかではない。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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