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モルタ合資会社 : ミニ英和和英辞書
モルタ合資会社[やしろ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ごう]
 【名詞】 1. go (approx. 0.18l or 0.33m) 
合資 : [ごうし]
  1. (n,vs) joint stocks 2. entering into partnership
合資会社 : [ごうしがいしゃ]
 (n) limited partnership
: [かい]
  1. (n,n-suf,vs) meeting 2. assembly 3. party 4. association 5. club 
会社 : [かいしゃ]
 【名詞】 1. company 2. corporation 
: [やしろ]
 (n) shrine (usually Shinto)

モルタ合資会社 ( リダイレクト:ミノルタ ) : ウィキペディア日本語版
ミノルタ[みのるた]
ミノルタ(''Minolta'')とは、かつて日本に存在したカメラ複写機を主力とする精密機器大手企業メーカーである。本社は大阪市中央区安土町に存在していた。日本の光学機器メーカーとしてはコニカに次いで2番目の歴史を持つが、現在は同社との株式交換による経営統合や事業子会社の合併を経てコニカミノルタとなっている。
== 概要 ==

=== 日独写真機商店時代 ===
創業者の田嶋一雄〔『クラシックカメラ専科No.12、ミノルタカメラのすべて』p.6。〕は日本に職を求めて来たドイツ人ビリー・ノイマン、日本で写真機械の輸入をしていたドイツ人ウィリー・ハイレマンと協力してカメラの国産化を企て、1928年11月〔に個人企業の日独写真機商店を設立した〔。社名はこの協力関係を表すとともに、舶来礼賛の当時、ドイツの技術を誇示する意図もあったと思われる。
工場は兵庫県武庫郡(現西宮市)に工場を建設し、30人ほどの従業員を集めて事業を始めた〔。当時の関西地方には精密工業の基盤が全くなかったため、ネジ1本の生産、メッキに至るまで下請けには出せず、自社で行わねばならなかった〔。
1929年3月に第一号機ニフカレッテを完成し、これはエ・クラウスローレッテのコピー、レンズとシャッターはドイツからの輸入品であり、また工員も不慣れで当初月産50台という状態ではあったが、ボディーはなかなかの出来であった。以後ブランドは社名のニ、フォトグラフのフ、カメラのカからニフカを使用した〔。1930年にはハンドカメラのニフカクラップニフカスポーツニフカドックスなどを発売し、製造も軌道に乗った〔。
1930年10月に武庫川工場でストライキがあり、田嶋一雄は穏健策を提案したが、工場責任者であったウィリー・ハイレマンはストライキ参加者全員の解雇という強硬策を押し切り、2人の関係が微妙になっていく〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ミノルタ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Minolta 」があります。




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