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マルチン・ゲルリッツエン・フリース : ミニ英和和英辞書
マルチン・ゲルリッツエン・フリース[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

マルチン・ゲルリッツエン・フリース : ウィキペディア日本語版
マルチン・ゲルリッツエン・フリース[ちょうおん]

マルチン・ゲルリッツエン・フリース(Maerten Gerritsz de Vries、1589年 - 1647年)は、オランダの航海士・探検家
オランダ東インド会社に所属していたが、1643年に東インド総督の命を受けて日本の東方沖にあるとされた金銀島捜索のために結成された第2回太平洋探検隊の司令官としてカストリクム号に乗船、僚船ブレスケンス号とともに同年2月にバタビアを出航した。ところが、5月に房総半島沖で暴風雨に遭遇してブレスケンス号を見失い、やむなく単独で太平洋を北上した。なお、ブレスケンス号は一旦千島列島沖まで北上した後に南下して7月28日(日本の寛永20年6月13日)に盛岡藩領である陸奥国山田浦(現在の岩手県山田町)に漂着して船長らが上陸したところ、盛岡藩に捕えられて江戸に護送され、オランダ商館長宣教師の潜入や日本への領土的野心を目的とするものではないと釈明したのを江戸幕府が了解して解放されることとなる(ブレスケンス号事件)。
そうとは知らないフリースは北上を続け、樺太東方沖の北緯48度54分まで達した。この間に択捉島得撫島をヨーロッパ人では初めて発見して、それぞれスターテン・ラント(オランダ国の土地)とコンパニース・ラント(オランダ東インド会社の土地)と命名して領土宣言をしている〔根室市‐学芸員日誌‐「最初の千島探検」 〕。8月にハタビアに戻る途中で立ち寄った厚岸松前藩の役人に遭遇して取調を受けるが、程なく出発を許されている。
日本近海における金銀島探索は、1612年スペインビスカイノ以来2度目であるが、ビスカイノは日本の東方沖を捜索したために、ヨーロッパ人による日本北方の航海はフリースが最初の例となる。また、奥州から蝦夷地、千島列島、樺太にかけての沿岸の実測地図を制作しているが、濃霧のために宗谷半島方面についての探索を断念したために宗谷海峡を発見できず、蝦夷地と樺太を同一の島と見誤っている。
== 脚注 ==


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マルチン・ゲルリッツエン・フリース」の詳細全文を読む




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