翻訳と辞書
Words near each other
・ マリー・ド・ナヴァール
・ マリー・ド・フランス
・ マリー・ド・フランス (1145-1198)
・ マリー・ド・フランス (1344-1404)
・ マリー・ド・フランス (詩人)
・ マリー・ド・ブラバン
・ マリー・ド・ブルゴーニュ
・ マリー・ド・ブルゴーニュ (1386-1422)
・ マリー・ド・ブルターニュ
・ マリー・ド・ブルボン
マリー・ド・ブルボン=モンパンシエ
・ マリー・ド・ブローニュ
・ マリー・ド・ベリー
・ マリー・ド・メディシス
・ マリー・ド・モンフェラート
・ マリー・ド・ラ・グランジェ・ダルキアン
・ マリー・ド・リュクサンブール
・ マリー・ド・リュクサンブール=サン=ポル
・ マリー・ド・ロアン=モンバゾン
・ マリー・ド・ロレーヌ


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

マリー・ド・ブルボン=モンパンシエ : ミニ英和和英辞書
マリー・ド・ブルボン=モンパンシエ[ぶる]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ブル : [ぶる]
 【名詞】 1. bull 2. (n) bull

マリー・ド・ブルボン=モンパンシエ : ウィキペディア日本語版
マリー・ド・ブルボン=モンパンシエ[ぶる]

マリー・ド・ブルボンMarie de Bourbon, Mademoiselle de Montpensier, 1605年10月15日 - 1627年6月4日)は、ブルボン朝期のフランスの貴族。オルレアン公ガストンの最初の妃、またモンパンシエ公爵夫人(女公)。ヴァロワ朝以来続いたブルボン家の支流ブルボン=モンパンシエ家の最後の末裔である。
モンパンシエ公アンリ・ド・ブルボンの唯一の子供として生まれた。1608年に父が死去するとブルボン=モンパンシエ家の相続人となり、モンパンシエ令嬢(Mademoiselle de Montpensier)と呼ばれた。母はその後、1611年にギーズ公シャルル1世と再婚した。
マリーは2歳の時にフランス王アンリ4世の次男のオルレアン公と婚約したが、オルレアン公は1611年に夭逝した。次いでその弟で新たにオルレアン公となったガストンと婚約した。
マリーとオルレアン公ガストンは1626年に結婚した。翌1627年、2人の間に1女アンヌ・マリー・ルイーズ(1627年 - 1693年)が生まれたが、その出産後間もなくマリーは死去し、サン=ドニ大聖堂に葬られた。




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マリー・ド・ブルボン=モンパンシエ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.