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ポルシェ・356 : ウィキペディア日本語版
ポルシェ・356

ポルシェ356 (''Porsche 356'' 、ポルシェさんごうろく) とは、ドイツ自動車メーカーであるポルシェ1948年から製造を開始したスポーツカーであり、製品名にポルシェの名を冠した初の自動車である。
高性能と居住性、実用性の3つを高度に満たした小型スポーツカーであり、第二次世界大戦後の小型スポーツカーの分野における一つの指標となった。
== 概要 ==
1931年の創業以来他社の車輌設計・開発請負を主な業務としてきたポルシェ社が、新たな活路をスポーツカーの自社生産に見出し、第二次世界大戦終戦後に開発に着手した小型スポーツカーである。「356」の名称はポルシェ社内の開発コードから来たものである。
開発当時、創業者フェルディナント・ポルシェ博士は第二次大戦中の軍事開発の責を問われ、1945年から2年余り戦犯として連合国軍側に拘留されていた。356の開発・設計を主に担当したのは、ポルシェ博士の息子で自身技術者である「フェリー」ことフェルディナント・アントン・エルンスト・ポルシェと、1920年代のアウストロ・ダイムラー以来ポルシェ博士の下で多数の車両開発に携わってきた技術者カール・ラーベ''Karl Rabe'' )らのチームである。原型スタイリングはフォルクスワーゲン・タイプ1(いわゆる「ビートル」)のスタイリングも手がけたポルシェ社員のエルヴィン・コメンダ''Erwin Komenda'' )による。
1938年〔『世界の自動車-5 ポルシェ』pp.7-22「ポルシェ前史 最初の電気車からVWまで」。〕にフォルクスワーゲン・タイプ1の原型をベースとしてポルシェの手で開発された〔〔『われらがポルシェ ポルシェなんでも事典』p.67。〕「フォルクスワーゲン・ベルリンローマ速度記録車」こと「ポルシェ・64」の存在がある。356は「64」の思想を受け継いだ存在とも言える。
1944年以降、ポルシェ社は本拠地のドイツ・シュトゥットガルトから戦火を避けてオーストリアのグミュントに疎開しており、終戦後はシュトゥットガルトの本拠が連合国側当局に接収されていたため、1950年まで不便なグミュントでの活動を余儀なくされていた。厳しい状況の中で1947年6月に356の設計が始まった。戦後混乱期で、資材、部品の調達や資金面等の多数の問題が発生したが、1948年6月には試作車が完成、ナンバー登録された翌月にはさっそくインスブルックの小さなレースに出場し優勝している。
1949年から増加試作的量産が開始され、以後約15年に渡り細かい改良を重ねて発展しながら製造販売された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ポルシェ・356」の詳細全文を読む




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