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フリンダース・ピートリー : ミニ英和和英辞書
フリンダース・ピートリー[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ダース : [だーす]
 【名詞】 1. dozen 2. (n) dozen
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

フリンダース・ピートリー ( リダイレクト:フリンダーズ・ピートリー ) : ウィキペディア日本語版
フリンダーズ・ピートリー[ちょうおん]

サー・ウィリアム・マシュー・フリンダーズ・ピートリー(Sir William Matthew Flinders Petrie、1853年6月3日 - 1942年7月28日)はイングランドエジプト学者で、考古学の体系的手法を確立した人物。王立協会フェロー。フリンダースペトリ、あるいはペトリーとも。
イギリスにおけるエジプト学の第一人者として、ナウクラティスタニスアビドスアマルナといったエジプトの重要な遺跡の発掘に関わった。ピートリー最大の発見としてメルエンプタハ碑文が挙げられることもあり〔''The Biblical Archaeologist'', American Schools of Oriental Research 1997, p.35〕、本人も同意見だった〔Margaret S. Drower, ''Flinders Petrie: A Life in Archaeology'', 1995, p.221〕。
== 生涯 ==

=== 幼少期 ===
イングランドケント州(現在はロンドンに含まれる)チャールトンで生まれる。オーストラリアの海岸線を探検したマシュー・フリンダースの孫である。敬虔なキリスト教徒一家に育ち(父はプリマス・ブレザレンに属していた)、自宅で教育を受け、正式な教育を受けたことがない。父は彼に正確な調査の仕方を教え、それがエジプトレバノンでの古代遺跡発掘調査の基礎となっている。
子供のころから考古学に興味を持つようになった。8歳のとき、フランス語、ラテン語、ギリシャ語を自宅で教えられ、その後独学で勉強した。一家の友人がピートリー家を訪れ、ワイト島のブレイディングにある古代ローマのヴィッラの発掘について話した際、8歳のピートリーが考古学についての意見を述べたという。少年はシャベルで雑に掘っているという話を聞いて怖がり、遺物が地中にどのように埋まっていたかを明らかにするためには、少しずつ土を削り取っていくべきだと断言した〔William Matthew Flinders Petrie, Seventy Years in Archaeology, H. Holt and Company 1932. p.10〕。70代になってから彼は「それ以来私がやってきたことの全てがそこに発している。まさに我々は心の中に生まれたものを発展させることしかできない。私はそのころ既に考古学者だった」と記している〔Petrie, Seventy Years, p.10〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「フリンダーズ・ピートリー」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Flinders Petrie 」があります。




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