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フライング・タイガー・ライン : ミニ英和和英辞書
フライング・タイガー・ライン[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

フライング・タイガー・ライン : ウィキペディア日本語版
フライング・タイガー・ライン[ちょうおん]

フライング・タイガー・ライン(Flying Tiger Line)とは、かつて運航を行っていた、アメリカ合衆国籍の貨物専門航空会社である。
日中戦争(支那事変)においてアメリカの「義勇軍」AVG: American Volunteer Groupとして自主参戦し、その後の第二次世界大戦中国ビルマ戦線にも参戦
したことで有名な「フライング・タイガース」の元構成員が中心となり創業したことでも有名であり、かつては日本への定期貨物路線を持つだけでなく、
在日アメリカ軍向けの軍需物資輸送のために在日米軍基地(横田、嘉手納等)にも飛来していた。また日本ではフライング・タイガー航空フラタイとも呼ばれていた。
== 概略 ==

第二次世界大戦終結後の1945年、元フライング・タイガースの搭乗員10人などによって、アメリカでは初めての貨物専門航空会社である前身のナショナル・スカイウェイ・フレイト
(National Skyway Freight)が設立された。当初の機材は大戦終結によって余剰となった海軍払下げの輸送機C-93を用いていた。翌年にはかつての部隊名にあやかった
「フライング・タイガー」という社名に変更された。
同社は1949年にアメリカ国内の貨物航空路運航を認可され、1950年代にはダグラスDC-4DC-6といったレシプロ貨物機により大西洋貨物
路線を運航していた。また1950年に始まった朝鮮戦争では、アメリカ本国から兵站拠点となった日本や朝鮮半島にアメリカ及び国連軍の為の貨物チャーター便を多数運航していた。そ
の後も民間貨物輸送のほか、世界各国に展開するアメリカ軍向けの貨物輸送便(MACチャーター便)を多数運航していた。
1961年にはカナディアCL-44輸送機を導入し、パレットローディング方式を活用するようになった。1965年には初のジェット輸送機となるボーイング707貨物専用機を導入し、
1974年にはボーイング747貨物専用機を導入し、路線網を拡大するとともにその輸送力を増強した。なお1960年代後半-70年代前半にかけてヴェトナム戦争関連のMACチャーター便が多数運航された。
1980年には米国第2位の貨物エアラインSeaboard World Airlines(SEW)を買収し、貨物専用機運航機数世界第一位の貨物エアラインに規模を拡大した。
1980年代中頃には、フライングタイガーは世界の6つの大陸に貨物航空路を広げており、国際的にも多くの航空貨物を取り扱う航空会社のひとつであった。日本には成田国際空港
大阪国際空港などにもボーイング747やダグラスDC-8貨物専用機を使用した貨物便を多数運航し、特に新東京国際空港(成田)には東アジア地域の拠点空港として多くの定期貨物便を
運航していた。
ボーイング社により割り当てられた顧客番号(カスタマコード)は49であり、新造機に対してはボーイング747-249Fといった記号が付けられた。なお登録記号はNXXXFTが多く用いられた。
同社の貨物専用機は機体表面にカラーペイントによる化粧塗装を行わず、保護剤のみを塗布するポリッシュドスキン、ベアメタルと呼ばれる機体軽量化策が施されていた。
1980年代後半に入ると、米国経済停滞による貨物需要の減少・スペース供給量過剰、航空規制緩和政策による市場競争の激化等により、業績が悪化した。
1988年12月にフライングタイガーは宅配便サービス大手のフェデラルエクスプレスに買収されることが発表され、1989年8月7日に統合され「フライングタイガー」の
名称は消滅した。
後に、元従業員らによりポーラーエアカーゴが設立された。同社は買収や合併を経て、現在はアトラスエア(ATLAS AIR)およびDHLの合弁会社として運航を行っている。
同社の機体尾翼に描かれる「サークルP」デザインはかつてのフライングタイガーの「サークルT」デザインを踏襲したものとなっている。
なおアトラスエアは米国籍会社のうちボーイング747-8Fを唯一運航しており、かつてのフライングタイガーの地位を継承する存在となっている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「フライング・タイガー・ライン」の詳細全文を読む




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