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ファン・ティー・キム・フック : ミニ英和和英辞書
ファン・ティー・キム・フック[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ファン・ティー・キム・フック : ウィキペディア日本語版
ファン・ティー・キム・フック[ちょうおん]

ファン・ティー・キム・フックベトナム語:''Phan Thị Kim Phúc''、音訳漢字潘氏金福1963年4月2日 - )は、ベトナムカナダ人。1972年ベトナム戦争の際にフィン・コン・ウトが撮影したピューリッツァー賞獲得の写真に写ったことで知られる。
一般にはキム・フックと呼称される。国際的な反戦運動家で、キム財団を創設し、カナダヨーク大学名誉法学博士ユネスコ親善大使を務めている。はファン(Phan、潘)。
==経歴==

=== ベトナム戦争期 ===
キム・フックはベトナム戦争当時、タイニン省(西寧省)チャンバンで暮らしていた。
1972年6月8日、チャンバンにおいて南ベトナム軍と北ベトナム軍が交戦、南ベトナム軍の空軍機がナパーム弾を投下し、キム・フックが暮らすチャンバンは空襲を受けた。この時、逃げ惑う村人らとともに裸で逃げる9歳(当時)の少女だったキム・フックを撮影した写真AP通信のベトナム人カメラマンフィン・コン・ウト撮影)は「戦争の恐怖」と題され(この記事の英語版に載っている)、全世界に配信された。この写真は翌1973年ピューリッツァー賞 ニュース速報写真部門を獲得している。
キム・フックはこの空襲で重度の火傷を負い、一命は取りとめたものの、この後17回にも及ぶ手術を受けている。なお、このとき彼女を救ったのは当時イギリスITNテレビ記者のクリストファー・ウェインである。ウェインとは38年後の2010年にイギリスで再会を果たした。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ファン・ティー・キム・フック」の詳細全文を読む




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