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ビーナス・ウィリアムズ : ミニ英和和英辞書
ビーナス・ウィリアムズ[びー]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ビー : [びー]
 (n) bee, (n) bee
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ビーナス・ウィリアムズ : ウィキペディア日本語版
ビーナス・ウィリアムズ[びー]

ビーナス・エボニー・スタール・ウィリアムズ(''Venus Ebony Starr Williams'', 1980年6月17日 - )は、アメリカカリフォルニア州リンウッド出身の女子プロテニス選手。身長185cm、体重73kg、バックハンド・ストロークは両手打ち。これまでにWTAツアーでシングルス49勝、ダブルス21勝を挙げている。自己最高ランキングはシングルス1位、ダブルス1位。
1990年代後半からアメリカ女子テニス界のトッププレイヤーの一人として活躍。妹のセリーナ・ウィリアムズとともに、女子テニス界に「パワーテニス」を持ち込み、これまでの女子テニスのスタイルを一変させた。
グランドスラム優勝合計22回。セリーナ・ウィリアムズと組んだダブルス優勝回数13回はチーム歴代4位。
オリンピック金メダル4個獲得は、男女通して妹のセリーナ・ウィリアムズと並び歴代1位。
== 選手経歴 ==

=== キャリア初期 ===
5人姉妹の4女として生まれる。1994年10月、同じ年のマルチナ・ヒンギスと同時期に14歳でプロ転向。しかし学業を優先する父親リチャードの教育方針により、最初の2年間は出場試合数を絞っていた。1997年3月からWTAツアーに本格参戦を開始。同年の全仏オープン4大大会にデビュー(1回戦の相手は日本の沢松奈生子であった)、同年の全米オープンでは、世界ランキング66位のノーシードながら一気に決勝に進出。ヒンギスに 0-6, 4-6 で完敗したが、彼女の登場は当時の女子テニス界に強烈な印象を与えた。当時の目標は、妹のセリーナとともに、“テニス版タイガー・ウッズ”だった。
1998年3月にシングルスで世界トップ10入り。
なお、この年の4大大会の混合ダブルス部門は、ビーナスがジャスティン・ギメルストブアメリカ)とのペアで全豪オープン全仏オープンで勝利した後、セリーナはマックス・ミルヌイベラルーシ)とのペアでウィンブルドン全米オープンを連続制覇と、ウイリアムズ姉妹が優勝を独占した年となった。
1999年以降、ビーナスは、さらなる躍進を遂げる。1999年3月の「リプトン国際選手権」で、セリーナと初の“姉妹対決の決勝”を戦い勝利するなど、ツアー7勝をあげる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ビーナス・ウィリアムズ」の詳細全文を読む




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