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バノックバーンの戦い : ミニ英和和英辞書
バノックバーンの戦い[ばのっくばーんのたたかい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦い : [たたかい]
 【名詞】 1. battle 2. fight 3. struggle 4. conflict 

バノックバーンの戦い : ウィキペディア日本語版
バノックバーンの戦い[ばのっくばーんのたたかい]

バノックバーンの戦いBattle of Bannockburnゲール語:Blàr Allt a' Bhonnaich )は、1314年6月24日スコットランド王国イングランド王国の間で行われた会戦
スコットランドに侵攻したエドワード2世率いるイングランド軍が、スターリング近郊でロバート1世とスコットランド軍と戦い、大敗した。
== 背景 ==
1272年に王座についたエドワード1世はイングランドの最も偉大な戦士王の一人であり、ウェールズの征服者、また「スコットランドへの鉄槌」であることを周囲に示した。エドワード1世はウェールズ戦争での経験から弓兵の価値を確信し、王国全土から多数の弓兵を募った。イングランド軍による1296年のスコットランド侵攻では、エドワード1世がフランスとの戦いで不在のときにウィリアム・ウォレスの地形を利用した戦術に敗れた(1297年、スターリング・ブリッジの戦い)が、1298年のファルカークの戦いでは重装騎兵と弓兵の連携によってスコットランド軍を撃破した。当時のスコットランド軍はシルトロン隊形を保つ大勢の槍兵と、剣と円盾を持つ兵で構成されていたが、装備は貧弱でイングランド軍と正面から激突するには限界があったからである。ファルカークの戦いによって大惨敗を喫したスコットランド軍は、ロバート1世も服従の申し出をしなければならない状況になり、エドワード1世は戦略的に重要な拠点であるスターリング城を占拠した。
その後、ロバート・ブルースはイングランドへの服従と反乱を繰り返し、一時はラスリン島に逃げるまで追い詰められたが、1307年にエドワード1世が死去すると、急速に勢力を盛り返してスコットランド全土で権威を確立した。エドワード1世の後を継いだエドワード2世は父の軍才を受け継いでおらず、決戦を避けてゲリラ戦術を駆使し、孤立した城を占領するロバート1世の戦略の前に後手に回った。1314年にスコットランド軍がスターリングを包囲する状況に陥ると、エドワード2世は大軍を編成してスターリングの救援に向かった。バノックバーンはスターリング城の南西に位置し、名称が意味する「小川」や池がいくつもある湿地帯であり、南側(イングランド側)からスターリング城へ向かうには、ここを通過する必要があった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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