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ノルウェーの国旗 : ミニ英和和英辞書
ノルウェーの国旗[のるうぇーのこっき]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [くに]
 【名詞】 1. country 
国旗 : [こっき]
 【名詞】 1. national flag 
: [はた]
 【名詞】 1. flag 

ノルウェーの国旗 : ウィキペディア日本語版
ノルウェーの国旗[のるうぇーのこっき]

ノルウェーの国旗 (、)は、赤地の縁取りがなされたインディゴブルースカンディナヴィア十字が描かれた旗。
== 歴史 ==
最初期のノルウェーの旗がどのようなものであったか、確かなものはない。それは、古代ノルウェーにおいて、"国"が旗を掲げることがなかったためである。ただし、特に戦争において王や君主は旗を掲げていた。オーラヴ2世は、Battle of Nesjarにおいて、白地に大蛇の描かれたマークを用いていた。これ以前にも、カラスドラゴンの描かれたものが使用された。マグヌス1世は、オーラヴ2世と同じマークを使用している。ハーラル3世カラスの旗を使用した。この旗は、9世紀から11世紀にかけて、様々なヴァイキングの首領や、スカンディナヴィアの君主も使用していた。インゲ1世は、金地に赤い獅子の描かれた旗を使用した。スヴェレ・シグルツソンは、赤地もしくは金地にの描かれた旗を使用した。ノルウェーの国旗として語られることのある最初期の著名な旗は、現在ノルウェーの王室旗として使用されている。この旗は、エイリーク2世1280年から使用した旗で、赤地にを持った金色の獅子が描かれている。これ以降、この旗はノルウェーの国旗および王室旗として常時使用されるようになる。
この旗は、ノルウェーの国章を基に作成され、元々はノルウェーの君主のみが使用するための旗であった〔一時、王室外でも使用されるようになるが、現在では君主のみが使用できる。〕。その後、17世紀から18世紀に段階的に使用を取りやめるまで、ノルウェーの船舶要塞でも掲げられるようになった。もっとも初期にこの旗が描かれたのは、1318年のインゲビョルグ公爵夫人の印章で用いられている。1500年頃、船舶の国籍を特定するために、船舶の所属する国の旗を掲げるようになった。赤地に金色の獅子と銀のほこやりが描かれた旗は、1669年から1670年頃からデンマークの旗本でノルウェーの旗として描かれるようになった〔Munksgaard, Jan Henrik (2012): "Flagget − Et nasjonal symbol blir til". ''Årbok'' Vest-Agder-museet, Kristiansand, p.15〕。遅くとも1698年には、獅子が用いられた旗は、アーケシュフース城で掲げられていた。この"ノルウェーの獅子"が、1641年には全ノルウェー連隊で軍旗として使用されるようになった。1748年になると、デンマークの国旗が唯一の適法な商船旗であるとされた。
16世紀頃から1814年まで、ノルウェーは同君連合を組んだデンマーク(デンマーク=ノルウェー)と同じ国旗を用いるようになった。1814年にノルウェーが独立すると、ノルウェーはデンマークの国旗のカントンの部分に"ノルウェーの獅子"が描かれた旗を国旗として採用した。この旗は、国旗としては1815年まで、商船旗としては1821年まで使用された。1814年終わりごろに、ノルウェーは隣国スウェーデンとの同君連合を組む(スウェーデン=ノルウェー)。そして1815年3月7日、同君連合の軍旗として、元々のスウェーデン軍旗のカントンの部分に、赤地に白のサルタイアーが追加して描かれたものが採用された。1818年には、商船旗においても、この軍旗(三ツ尾燕尾型)を長方形にカットしたものを、遠方の海で使用するようになった〔フィニステレ岬以南において使用。〕〔Munksgaard, Jan Henrik (2012): "Flagget − Et nasjonal symbol blir til". ''Årbok'' Vest-Agder-museet, Kristiansand, pp. 76-80〕。
現在のノルウェー国旗は、1821年ノルウェー議会の議員であったによってデザインされた。この旗を国旗とする法案は、同年5月11日5月16日にノルウェー議会両院をそれぞれ通過した。しかしながら、同君連合の王・カール14世ヨハンは同法案への署名を拒否した。しかしながら、スウェーデン=ノルウェー中央政府は同年6月13日にこの旗を市民旗として使用することを承認した。1814年の組織は、明確に連合王国の軍旗をユニオンフラッグとして使うと述べていた。このため、この一般的な旗(元のスウェーデン旗のカントンの部分に、赤地に白のサルタイアーが追加して描かれた旗)が両国の軍で1844年まで使用された。
1838年まで、ノルウェーの旗は北の海のみで使用された。ノルウェーは、北アフリカの海域で活動していたバルバリア海賊との間で約定を結んでいなかったため、ノルウェー船舶は防衛のためにスウェーデンの旗を掲げていた。1844年、ノルウェーとスウェーデン両国の国旗を組み合わせた連合王国の記章が制定された。この記章は、冗談的に軽蔑的に「」(ニシンのサラダの意)と呼ばれた。これは、寄せ集めの色とノルウェー、スウェーデン両国で朝食の食卓に並ぶ一般的な料理に似ているためであった。しかしながら、この旗はスウェーデンとノルウェー両国が対等であることをはっきりと示す旗であったため、当初、この記章はノルウェーではポピュラーであった。しかしスウェーデン側ではさほど受け入れられず、1898年には、ノルウェー議会はこの連合王国の記章を国旗と商船旗から削除する法案を可決した。しかし、当時のスウェーデン=ノルウェーの王・オスカル2世は、この法案を却下した。しかし、この法案がノルウェー議会で計3回可決されると、施行されることとなった。連合王国の記章が外された"純粋な"旗は、1899年に最初に掲げられた。しかしながら、軍旗においては連合王国の記章が残された。連合王国が解消され、ノルウェーが独立すると、軍旗からも連合王国の記章は削除された。ノルウェー側は1905年6月9日に記章が外されたが、スウェーデン側では1905年11月1日になって記章が外された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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