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ディヴィナ・ガリカ : ミニ英和和英辞書
ディヴィナ・ガリカ
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


ディヴィナ・ガリカ ( リダイレクト:ディビナ・ガリカ ) : ウィキペディア日本語版
ディビナ・ガリカ

ディビナ・メアリー・ガリカDivina Mary Galica, MBE 1944年8月13日 - )はイギリスワトフォード近郊ブッシー・ヒース出身の女性アルペンスキー選手、レーシングドライバー。
== 経歴 ==

アルペンスキー選手として1964年インスブルックオリンピックから3大会連続でオリンピックに出場。1968年グルノーブルオリンピック大回転で8位、1972年札幌オリンピックの大回転で7位となった。また1970年アルペンスキー世界選手権の大回転では10位となった。アルペンスキー・ワールドカップでは1967-1968シーズンに滑降で2度3位となっている。
その後周囲から勧められてレーシングドライバーに転身するとレーシングカートフォーミュラ2を経て、1976年イギリスGPサーティースのドライバーとしてF1初参戦、女性としては史上3人目のF1ドライバーとなった。このレースでは同じく女性ドライバーのレラ・ロンバルディも出走し、F1史上唯一の複数の女性ドライバーが出走したレースとなったが、2人とも予選落ちとなった。また、2014年のF1世界選手権に導入された固定ナンバー制にてパストール・マルドナドカーナンバー13を指定するまで、忌み数字である13番をつけて車両を駆った数少ないドライバーの内の1人であった〔カーナンバー13を使用したもう一人のドライバーは1963年メキシコグランプリにおけるモイセス・ソラーナ。但し、ノンタイトル戦まで含めるとカーナンバー13を使用したケースは5例あった。〕。
1978年にはヘスケスのドライバーとして開幕第1・2戦に参戦したが、ともに予選落ち。F1に通算3度出走したが決勝進出は果たせなかった。
1992年にはアルベールビルオリンピック公開競技として行われたスピードスキーのイギリス代表となり、182.927km/hの記録で19位となった〔アルベールビルオリンピック公式報告書(PDF)567ページ 〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ディビナ・ガリカ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Divina Galica 」があります。




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