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ツシフィワ・ムニャイ : ウィキペディア日本語版
ツシフィワ・ムニャイ

ツシフィワ・ムニャイTshifhiwa Munyai、男性、1985年5月8日 - )は、南アフリカ共和国プロボクサーリンポポ州マクワレラ出身。タフが売りのボクサーでダウンを奪われてもダメージが早く回復するのが特徴の選手。
==来歴==

2003年12月6日、2回TKO勝ちでデビューを飾った。
2006年2月11日、空位のリンポポ州バンタム級王座決定戦をヌコシナチ・ツシナヴィレと行い10回判定勝ちで王座獲得に成功した。
2006年6月29日、ロンドンのヨークホールでコモンウェルスイギリス連邦バンタム級王座決定戦を19戦全勝のマーティン・ポーラーと対戦し9回1分39秒TKO勝ちで王座獲得に成功した。
2006年10月6日、15戦全勝のリー・ハスキンスと対戦し6回2分56秒TKO勝ちで初防衛に成功した。
2007年1月26日、マーティン・ポーラーと再戦し4回終了時棄権で2度目の防衛に成功した。
2008年2月23日、フリオ・デービット・ロクィエ・レアとWBAインターコンチネンタルバンタム級王座決定戦を行い12回3-0(120-109、120-108、119-109)の判定勝ちで王座獲得に成功した。
2008年11月14日、ボンガニ・マラングと対戦し12回2-1(113-114、118-109、117-110)の判定勝ちで初防衛に成功した。
2010年2月27日、ダニエル・フレランスと対戦し12回3-0(119-108、118-110、117-111)の判定勝ちで2度目の防衛に成功した。
2010年8月7日、メキシコシティアレナ・メヒコWBC世界バンタム級シルバー王座決定戦をクリスチャン・エスキベルと行い、5回に偶然のバッティングで減点されるも持ち直したかに見えたが、9回にダウンを奪われ劣勢になり、12回0-3(2者が112-114、112-115)の判定負けで王座獲得に失敗した。
2011年3月26日、ダニロ・ペーニャとIBO世界スーパーバンタム級王座決定戦を行った。ムニャイはスーパーバンタム級に転向してのテスト戦がいきなりの世界タイトル戦になったが、バンタム級時代のタフは健在で試合を終始コントロールし、12回3-0(120-108、119-109、118-108)の判定勝ちで王座獲得に成功した。
2012年12月8日、オスカー・チュークとWBAパンアフリカンスーパーバンタム級王座決定戦を行い、チュークをコントロールし12回3-0の判定勝ちで王座獲得に成功した。
2013年6月1日、エマヌエル・クアルティーと対戦し11回2分50秒TKO勝ちで初防衛に成功した。
2014年4月19日、イギリスのマンチェスターマンチェスター・アリーナでWBA世界スーパーバンタム級王者スコット・クィッグと対戦し、初回と2回にダウンを奪われると最後は連打を浴びてレフェリーがストップ。キャリア初のKO負けとなる2回1分56秒TKO負けで王座獲得に失敗した〔 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年4月21日〕。
2014年12月20日、元WBO世界バンタム級王者パウルス・アムブンダと対戦し12回1-2(113-116、115-112、112-117)の判定負けで復帰に失敗した。
2015年9月20日、イギリスのランカシャープレストンのエヴォクィー・ナイトクラブでIBFインターコンチネンタルフェザー級王者オスカー・チュークと3年振りの再戦で対戦し王座獲得を目指したが、ムニャイは前日計量をパスするが当日計量を体重超過してしまいノンタイトル戦に変更になった。試合は3回にダウンを奪いペースを握り10回にダウンを追加してレフェリーがストップ。10回1分46秒KO勝ちを収めた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ツシフィワ・ムニャイ」の詳細全文を読む




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