翻訳と辞書
Words near each other
・ シモン・スピラック
・ シモン・スロットビーク
・ シモン・ゼヒター
・ シモン・タンギー
・ シモン・チェンバレン
・ シモン・デジネフ
・ シモン・ド・モンフォール
・ シモン・ド・モンフォールの乱
・ シモン・ド・ラ・ルベール
・ シモン・ド・ラ・ルーベル
シモン・ド・ラ・ルーベール
・ シモン・ノラ
・ シモン・バル・ギオラ
・ シモン・バル・ヨハイ
・ シモン・バル=ヨハイ
・ シモン・バレル
・ シモン・パティーニョ
・ シモン・ファンデルメール
・ シモン・ファン・デル・メール
・ シモン・プルー=セネカル


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

シモン・ド・ラ・ルーベール : ミニ英和和英辞書
シモン・ド・ラ・ルーベール[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

シモン・ド・ラ・ルーベール ( リダイレクト:シモン・ド・ラ・ルベール ) : ウィキペディア日本語版
シモン・ド・ラ・ルベール[ちょうおん]
シモン・ド・ラ・ルベール(Simon de la Loubère、1642年1729年)は17世紀フランス外交官。歴史書『シャム王国誌』を書いた。
トゥールーズの出身、若くしてラテン語に通じていたという。成人してからパリに上京し、1672年にフランスのスイス大使館の書記官となり、才能を認められた。
1682年フランス東インド会社クロード・セブレ・ドュ・ブレギー・タシャールなどの宣教師、フランス軍を引き連れ、タイアユタヤ王朝からやって来た高官・チャオプラヤー・コーサーパーンらと一緒にタイに渡った。その目的は東南アジアでのオランダイギリスに対する貿易上の優位確立や、タイの植民地化へ向けてカトリックを普及させること等であった。
その後99日間アユタヤ王朝の都アユタヤーにとどまり、プーケット島の採掘権、メルギ島割譲を含む条約を締結した。




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「シモン・ド・ラ・ルベール」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.