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ゴールドフラップ : ミニ英和和英辞書
ゴールドフラップ[ふらっぷ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
フラップ : [ふらっぷ]
 flap

ゴールドフラップ : ウィキペディア日本語版
ゴールドフラップ[ふらっぷ]

ゴールドフラップ (''goldfrapp'')は、ボーカルのアリソン・ゴールドフラップとコンポーサーのウィル・グレゴリーの二人によるグラムロックエレクトロクラッシュエレクトロニカ等クラブミュージックを主に扱うデュオ。
ファーストアルバム「フェルト・マウンテン」がイギリスで10万枚を越すセールスを記録。ポーティスヘッドの再来と噂され、ポップミュージックながらコアな音楽ファンや手厳しい音楽批評雑誌からも高い評価を得る。
セカンドアルバム「ブラック・チェリー」以降、ダンス・ミュージックに近いエレクトロクラッシュに転向。ファンの意見は様々だったが、ヨーロッパのみならず、アメリカやオーストラリアでもヒット。マドンナが「今一番注目しているアーティスト」と発言するなど、世界的にその地位を獲得してきている。
== 経歴 ==
イギリスバースで生まれたアリソン・ゴールドフラップ(Allison Elizabeth Margarett Goldfrapp)は、女子修道院で堅苦しい子供時代を送る。日々の退屈から逃れるために、電車でロンドンまで出かけては都会の喧騒に刺激を受ける。15歳の頃、ヒッピーケイト・ブッシュを聴きながらドラッグを使用していたのを見て衝撃を受けた。後に、アリソン自らもケイトの「Hounds Of Love」を聴きながらドラッグを使用していたことを告白している。その後、気づいた時には、ベルギーのコンテンポラリー・ダンス集団に所属することになり、人前でパフォーマンスすることの面白さを初めて体感した。
ミドルエセックス大学に進学し、美術を専攻していた彼女は、インスタレーション作品を作る研究の一環として音楽を制作し始める。その才能に気づいた友人のトリッキーが彼女を誘い、トリッキーのデビューアルバムにボーカリストとして起用。その後も、オービタルトリッキーの作品にボーカリストとして参加。最終的に現在のメンバーであるウィルと出会う。
ちなみに彼女は、デビュー当時から正式な生年月日を公表せずに活動を続けてきたが、2006年のQ Magazineによるインタビューで、37歳(1966/5/13生まれ)だと告白した。
一方、コンポーザーのウィル・グレゴリー(ウィリアム・グレゴリー)は、コーラスの仕事をしていた母親の影響か、幼少時代から音楽を聴いて育つ。ロンドンの音楽学校を卒業後、サックス奏者としてサンフランシスコに移住。映画「ID」などのサウンドトラックを手がける。ロンドンに帰国後、ティアーズ・フォー・フィアーズザ・キュアートーリ・エイモスポーティスヘッドピーター・ガブリエルなどのツアー・メンバーやアレンジャーとして活躍した。
その名が知られるようになって来た頃、友人からアリソンの「ヒューマン」のデモテープを聴かせてもらう。アリソンの歌声に惚れ込んだウィルは彼女に直接交渉し、ゴールドフラップを結成。作曲に加えて、サックスよりもキーボードの演奏とプロデュース・ワークに重点を置くようになる。
99年にミュート・レコードと契約し、2000年ポーティスヘッドのギタリスト、エイドリアン・アトリーを迎えて製作したシングル「Lovely Head」でデビュー。同年発売した「フェルト・マウンテン」が10万枚を越すセールスを記録し、その年のマーキューリー・プライズにもノミネートされた。
この「フェルト・マウンテン」発売後のライブツアーでアリソンは「とても張りつめた雰囲気の中で生まれる繊細な音楽もいいのだけど、物を思いっきり破壊したり爆発したりするようなライブパフォーマンスのほうが開放感を得ることができた」と語った。
続くセカンドアルバム「ブラック・チェリー」は前作から一変、80年代のディスコ・サウンドを彷彿とさせる様で歌詞もセクシーなダンスナンバーとなった。
このアルバムリリース後、2003年フジ・ロック・フェスティバルで初来日も果たす。
2005年リリースの「スーパー・ネイチャー」は話題を集め、アメリカやオーストラリアのセールスチャートベスト5に食い込むほどの人気(日本では未だヒットしていない)。シングル収録のリミックスに、アイスランドムームを起用するなど驚きを与えた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ゴールドフラップ」の詳細全文を読む




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