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クロティルデ・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ : ミニ英和和英辞書
クロティルデ・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ[ぶる]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ブル : [ぶる]
 【名詞】 1. bull 2. (n) bull

クロティルデ・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ : ウィキペディア日本語版
クロティルデ・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ[ぶる]

マリー・アーデルハイト・アマーリエ・クロティルデ・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ(, 1846年7月8日 ヌイイ=シュル=セーヌ - 1927年7月3日 アルチュートドヴォズ)は、ザクセン=コーブルク=ゴータ家カトリック系の分枝コハーリ侯爵家の公女で、オーストリア大公ヨーゼフ・カールの妃。
ザクセン=コーブルク=ゴータ公子アウグストと、その妻でフランス王ルイ・フィリップの娘であるクレマンティーヌ・ドルレアンの長女として生まれた。弟にブルガリア王フェルディナンド1世がいる。
1864年5月2日、クロティルデはコーブルクでオーストリアのヨーゼフ・カール大公と結婚した。ヨーゼフ・カールはハンガリー副王(宮中伯)を務めたヨーゼフ・アントン大公の三男である。クロティルデは旅行で家族と一緒にコンスタンツを訪れた時、ちょうどこの町に兄のシュテファンと滞在していたヨーゼフ・カールと出会ったのだった。大公夫妻は固い愛情で結ばれ、幸せな家庭生活を送った。
クロティルデはハプスブルク家の女性たちが授けられるを受章している。彼女の遺骸はブダの王宮にある王家の墓所に夫や子供たちの遺骸とともに安置されている。クロティルデの墓所は死の70年後の1997年に略奪に遭い、激しく損傷した。その10年後の2007年、クロティルデの墓は修復されている。
== 子女 ==
夫ヨーゼフ・カールとの間に7人の子供をもうけた。
*エリーザベト・クレメンティーネ・クロティルデ・マリア・アマーリエ(1865年 - 1866年)
*マリア・ドロテア・アマーリエ(1867年 - 1932年) - 1896年、オルレアン公フィリップと結婚
*マルガレーテ・クレメンティーネ・マリア(1870年 - 1955年) - 1890年、トゥルン・ウント・タクシス侯アルベルトと結婚
*ヨーゼフ・アウグスト・ヴィクトル・クレメンス・マリア(1872年 - 1962年)
*ラディスラウス・フィリップ・マリア・ヴィンツェンツ(1875年 - 1895年)
*エリーザベト・ヘンリエッテ・クロティルデ・マリア・ヴィクトリア(1883年 - 1958年)
*クロティルデ・マリア・アマーリエ・フィロメーナ・ライネーリア(1884年 - 1903年)

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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