翻訳と辞書
Words near each other
・ クロアチアスーパーカップ
・ クロアチアバレーボール連盟
・ クロアチアフィギュアスケート選手権
・ クロアチアン・シープドッグ
・ クロアチア・オープン
・ クロアチア・カップ
・ クロアチア・クナ
・ クロアチア・クーナ
・ クロアチア・ザグレブ
・ クロアチア・スーパーカップ
クロアチア・ダービー
・ クロアチア・ラジオ・フェスティバル
・ クロアチア・ラジオ放送チャート
・ クロアチア・レコーズ
・ クロアチア人
・ クロアチア人の一覧
・ クロアチア人サッカー選手一覧
・ クロアチア人民共和国
・ クロアチア人民解放国家反ファシスト委員会
・ クロアチア共和国


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

クロアチア・ダービー : ミニ英和和英辞書
クロアチア・ダービー[びー]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ビー : [びー]
 (n) bee, (n) bee

クロアチア・ダービー : ウィキペディア日本語版
クロアチア・ダービー[びー]

クロアチア・ダービー( フルバツキ・デルビ〔「欧州と南米を熱狂させるダービー CROATIA PRVA HRVATSKA NOGOMETNA LIGA」 footballista、ソルメディア、2010年10月8日号、15頁〕, )は、クロアチアのNKディナモ・ザグレブHNKハイデュク・スプリトサッカーの対戦のことである。クロアチア国内ではエターナル・ダービー()(国内ダービー)と呼ばれる。ディナモはクロアチアの首都ザグレブに本拠地を置き、ハイデュクはアドリア海沿岸の都市スプリトに本拠地を置く。
== 概要 ==
ディナモはクロアチア北部を代表するクラブであり、ハイデュクは南部を代表するクラブであるため、地域主義に根差したライバル意識が強く、サポーター同士の衝突が頻繁に発生する〔。両者のライバル意識の形成は、ザグレブのGrađanskiとハイデュク・スプリトがユーゴスラビア王国選手権でしばしば対戦した1920年代まで遡る。第二次世界大戦後、Građanskiは時の権力者によって解散を命じられ、Građanskiのチームカラーを引き継いだディナモ・ザグレブが結成された。1946年にユーゴスラビア・リーグが開始されて以来、両クラブはユーゴスラビアのビッグ4(残りの2クラブはセルビアのツルヴェナ・ズヴェズダとセルビアのFKパルチザン・ベオグラード)に数えられてきた。
1991年にクロアチア共和国が独立し、1992年に国内リーグであるプルヴァHNLが開始された。2003年にはサポーターの都市間移動中に殺人未遂事件が発生した〔。2007年5月19日の対戦では、クロアチア独立以後のダービーで初となるハットトリックがディナモのエドゥアルドによって達成された〔。
2009-10シーズンまでのリーグ戦19シーズンのうち18シーズンで、クロアチア・カップ19シーズンのうち15シーズンで両クラブのいずれかが優勝しており、両クラブはクロアチアで最も成功を収め最も人気があるクラブである。リーグ戦やカップ戦のフォーマットは何度も変更されてきたが、クロアチア・スーパーカップも含めて1シーズンに3回から6回のダービーが行われる。1992年にプルヴァHNLが創設されて以来、2011年までに81度のダービーが行われたが、ディナモが34勝、ハイデュクが28勝、19試合が引き分けとなっている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「クロアチア・ダービー」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.