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イギー・アゼリア : ミニ英和和英辞書
イギー・アゼリア[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

イギー・アゼリア : ウィキペディア日本語版
イギー・アゼリア[ちょうおん]

アメシスト・アメリア・ケリー(''Amethyst Amelia Kelly''、1990年6月7日 - )〔〕は、イギー・アゼリア(''Iggy Azalea''、)の芸名で知られるオーストラリアラッパーシンガーソングライター及びモデルウィルヘルミーナ・モデルズ所属。シドニーで生まれ、マランビンビーで育った。ヒップホップの仕事に就くために、16歳の時にアメリカ合衆国南部に移り住んだ。YouTubeに投稿した「プッシー」と『''Two Times''』で一般の認知を得た。2012年T.I.のレーベルグランド・ハスラー契約を結び、デビュー作となるミックステープ『''Ignorant Art''』を発表。
2014年にデビュー・スタジオアルバム『』を発表。アルバムは世界中の音楽チャートの上位5位以内に入り、批評家からは様々な反応を受けた。同作からのシングル『ファンシーfeat.チャーリーXCX』はBillboard Hot 100で7週連続首位を獲得、同チャートで首位を獲得した4人目の女性ラッパーとなった。また、同時期に客演したアリアナ・グランデのシングル『プロブレム』が2位となった為、"同一アーティストのシングルが初登場で1位・2位を独占”というビートルズ以来の快挙も達成した。更に彼女は、女性ラッパーによるシングルの連続首位記録でリル・キムの記録を塗り替えた。
== 生い立ち ==

イギー・アゼリアはオーストラリアのシドニーに生まれ、アメシスト・アメリア・ケリーと名付けられた。彼女がまだ幼少の頃、家族がニューサウスウェールズ州のマランビンビーに引越し、父親が泥レンガで自ら建てた家で12エーカーの土地に囲まれて過ごした。父親のブレンダン・ケリーは画家そして漫画家であり、母親のターニャはホリデーハウスやホテルの清掃員であった。
イギーの両親はどちらもアボリジニの家系であると言っている。
「私の両親は「最初の植民船団」でオーストラリアに来たの。私の家系は100年以上、長い間オーストラリアに居たわ。自分の家系がもしオーストラリアにずっと住んでたら、誰だって少しくらいはアボリジニの血を持ってるわ。私の家族がそうだってことは、目の特徴で分かるの。アボリジニだけが持つ特徴だから。」
彼女の名字ケリーは、アイルランド由来である。彼女いわく、父親がティーンエージャーだった彼女を作品にし、そのことが彼女の人生や作品へ常に影響しているという。14歳の時にラップを始めた。ソロ活動の前は、近所の少女2人とグループを組んで活動していた。
「“私はラッパーになれる”って、思ったわ。TLCのレフト・アイみたいにね。」
後に、メンバーの2人が本気でなかったことから、イギーはグループの解散を決意した。
「私は、何にでも本気でするの。競争心が激しすぎるのかも。」
アメリカに移る願望を叶えるため、高校を退学してホテルの清掃員等のバイトを掛け持ちした。ホリディハウスでは母親と働いていた。高校のクラスを嫌っていた彼女だが、アートのクラスだけは別だった。また、学校に友達が居なかったことや手作りの洋服を着ていたことでいじめられたと話している。
2006年、16歳になる寸前にイギーはアメリカへと渡った。両親には、友達と休暇に行くとだけ伝えていたが、次第に残ることを決意し、後に両親には家に戻らないことを告げる。
「アメリカにどっぷりつかっていたの。だって、母国では自分がよそ者みたいに感じてたから。ヒップホップが大好きだったし、それならアメリカが発祥地でしょ。そして、音楽を身近に感じられるのが幸せなんだってことに気付いたの。間違ってなかったわ」
「ママは泣きながら、“とにかく気をつけてね”と言ってたわ。その時思ったの。私は本当に1人なんだって、なんて私はクレイジーなんだろうって。」
アメリカ到着後、彼女は高校卒業を認定する試験GEDに合格し、3ヶ月毎に出国することでビザ免除を6年間に渡って繰り返した。現在では、これまでの不法な労働歴がありながらも、5年のOビザによってアメリカに滞在している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「イギー・アゼリア」の詳細全文を読む




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