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アルバート・フレデリック・ママリー : ミニ英和和英辞書
アルバート・フレデリック・ママリー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

アルバート・フレデリック・ママリー : ウィキペディア日本語版
アルバート・フレデリック・ママリー[ちょうおん]

アルバート・フレデリック・ママリー(''Albert Frederick Mummery'' 1855年9月10日 - 1895年8月24日?)は、イギリス登山家である〔『山への挑戦』pp.19-26「登山という挑戦(銀の時代)」。〕。アルプス銀の時代を代表するスターとして知られる〔。
1855年9月10日イギリスケント州ドーバーに産まれた〔。兄弟と製革業に従事しつつ、経済学の研究生活をしこの分野で著作も出している〔。強度の近視で体躯も決して頑強ではなかったが、1871年ブルイユからツェルマットへテオドール峠を越えた時にアルプスに魅せられて登山家になり、1879年マッターホルンのツムット稜初登攀に成功して名声を得た〔。その後コル・ド・リオン初登攀、グレポン初登頂などで名声を高め、1888年コーカサスに遠征してディフタウに初登頂した〔。
1888年に英国山岳会会員に推挙されたが、この頃入会は至難であり、推薦委員会で反対の黒球が1割あれば推薦されず、保守派登山家から誤解や偏見を受けていたママリーは一度拒否された〔。1892年以後はガイドレス登山に変わり1893年ルカン針峰初登頂、1894年モンブランのブレンバ稜ガイドレス初登攀などを成し遂げた〔。
1895年ナンガ・パルバットの登頂を目指すが8月24日を最後に消息を絶った〔。
== 山道具への貢献 ==
現在定着している、クライミングロープを結び合う人数は2人であるが、これを誰よりも早く主張したのがママリーであった〔。また当時としては軽量〔『山への挑戦』pp.187-208「登山道具は語る(テント)」。〕だったママリー・テントを考案〔した。
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