翻訳と辞書
Words near each other
・ ばっしょー
・ ばったもん
・ ばっちり恋しよう
・ ばっちり恋しよう!
・ ばってん
・ ばってんあらかわ
・ ばってんのふれあい天国
・ ばってん城次
・ ばってん多摩川
・ ばってん少女隊
ばってん荒川
・ ばってん荒川 ぴら〜っと登場!
・ ばってん荒川 ぴら~っと登場!
・ ばってん荒川のふれあい天国
・ ばっど・ぼーいず
・ ばっ気
・ ばつ×いち
・ ばつぐんジョッキー
・ ばつ丸
・ ばとね


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ばってん荒川 ( リダイレクト:ばってん荒川 ) : ウィキペディア日本語版
ばってん荒川[ばってん あらかわ]

ばってん 荒川(ばってん あらかわ、1937年昭和12年)2月8日2006年平成18年)10月22日)は、熊本県福岡県長崎県を中心に九州地方で長年に渡り活躍した肥後にわか役者、ローカルタレント演歌歌手舞台役者である。本名は米嵜一馬(よねざき かずま)または、米崎一馬。熊本県熊本市出身。
戦後、存続が危ぶまれた肥後にわかを復活させ、支えたことから「肥後にわかの巨匠」と評され、九州では佐賀の筑紫美主子と並ぶ「にわか芸の大家」として知られた。
== 人物 ==

=== 芸歴 ===

* 実父漫才師荒川九州男(あらかわ くすお)で、身ごもった母を置いて東京へ出奔。その後に二度目の“父”ができ、義父との確執から少年院に入るなど荒れた少年時代だった。中学卒業後は様々な職を転々とした後に実父と同じ芸能界へ入ることを決意。1955年(昭和30年)、熊本県の郷土芸能「肥後にわか」の劇団「ばってん組」に入団。翌年に「お米ばあさん」(本人曰く、お米は本名が米崎だからつけた)のキャラクターで活躍するようになり、肥後ばってんから、ばってん荒川に改名した。「ばってん劇団」の団長で、“がね政”ことばってん太郎(本名・西村良吉)とコンビを組んでいた。芸名が当初肥後ばってんであった理由は、父から『一人前になるまで荒川の名を芸名に入れるのは許さぬ』というお達しがあったため。尚「ばってん劇団」出身のばってん城次は荒川の遺志を受け継ぎ肥後俄師・タレントとして活動している。
* 主に和服姿の扮装と、軽妙な熊本弁でのしゃべりで、「肥後にわか」の中心的人物として人気を集めた。老女の役は18歳の頃から始めたという。
* ラジオ熊本(現・熊本放送〔RKK〕)のラジオ番組名店会アワー 肥後にわか」で放送メディアでデビューする。そのときの台詞は「あー」の一言だけだった。
* 1968年、熊本市上通町に演芸酒場「お米」を開店し、オーナーとなる。1975年、「お米」の事務員の女性と結婚し、3人の子供を育てる。
* 過去に何度か自殺未遂騒動を起こしたこともあった。
* 1970年(昭和45年)に「火の国一代」でレコードデビュー。これがきっかけで活動の場を福岡県にも広げる。福岡、熊本のテレビラジオを中心にマルチタレントとして活躍し、ドキュメンタリー番組のナレータを務めることもあった。全国ネットでも活躍しており、地方で活躍しているが、全国区でも知られる珍しいローカルタレントであった。ビートたけしなど大物芸人から東京を拠点とした活動を勧められたが「余計な仕事はしたくない」と断り、あくまで自身の原点である舞台に拘り続けた。そのため、滅多なことが無い限り東京で仕事することはなかった。そのたけしとは浅草演芸場時代に縁があるらしく、たけしがを下げて挨拶をする数少ない芸人の内の一人と言われた。
* テレビ・ラジオにお米ばあさんとして出演の際はほぼ女装していたが、レコードやCDのジャケットなど歌に関しては男装で演じていた。そのため、かつてはお米ばあさんの扮装が女装だと知らなかった人も多く、ファンである壮年男性からプロポーズされたこともあった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ばってん荒川」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.