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猶興会 : ウィキペディア日本語版
又新会[ゆうしんかい]

又新会(ゆうしんかい)は、明治末期に存在した革新派政党立憲政友会に対抗して都市生活者の支援と対外強硬論を軸とした。ここではその母体となった猶興会(ゆうこうかい)についても合わせて解説するものとする。
== 猶興会 ==
猶興会(ゆうこうかい)は、1906年12月20日政交倶楽部を中心とした既成政党に不満を持つ36名の代議士によって結成された政党である。菊池武徳山口熊野を幹事(代表)とし、河野広中大竹貫一島田三郎小川平吉尾崎行雄奥田義人花井卓蔵らが参加した。
日露戦争後の政府の膨張予算とそれに伴う増税方針に強く反対し、「政界革新同志会」を旗揚げして全国運動を展開する。憲政本党大同倶楽部と連携して政友会の第1次西園寺内閣の政策を糾弾して国民負担の軽減と軍事優先政治の解消を求めた。その反面、対外的にはタカ派的色彩が強く、ハーグ密使事件では政府・韓国統監府の対応を「弱腰」であると批判した。
だが、1908年第10回衆議院議員総選挙では29議席に減少させた事からより幅広い勢力結集を目指す方針を目指し、又新会へと発展的に解消する事になった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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