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横谷総一 : ウィキペディア日本語版
横谷総一[よこたに そういち]

横谷 総一(よこたに そういち 1965年9月2日 - )は日本の元プロ野球選手。岡山県岡山市出身。岡山県立岡山南高等学校卒業。内野手。右投右打。
== 来歴・人物 ==
高校では投手ながら高打率をマーク、後に阪神でチームメイトになる八木裕とはライバルだった。1982年、3番センターでセンバツ出場。この時のエースは川相昌弘(のち巨人中日)、4番は本間立彦(のち日本ハム)だった。対早稲田実業高戦では荒木大輔から二塁打を放っている。
1984年、ドラフト外で阪神に入団。1986年の右ひじ軟骨除去手術を乗り越え1988年一軍デビュー。45試合に出場し同じ三塁手の八木とポジションを争った。1989年には広島大野豊からプロ初ホームランを放った。地元の試合に強く、岡山県営球場で試合がある時に横谷は必ず出場しヒットを打っていた。
1994年限りで現役引退。1995年に球団の親会社の阪神電気鉄道に中途入社。同社事業部でチケット販売とグッズ販売等で働き、独学でパソコンを学習した。1997年から球団に出向し、阪神の二軍マネージャー、1999年は編成部調査担当、そして2000年からは球団広報に就任。パソコン技術を駆使して12球団で初めて電子メールによる広報配信を始めた〔別冊宝島編集部「元阪神 424人の今」 - 宝島社 2012年発行〕

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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