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松浦三千男 : ウィキペディア日本語版
松浦三千男[まつうら みちお]

松浦 三千男(まつうら みちお、1937年5月8日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロ野球選手投手)。
== 来歴・人物 ==
静岡県静岡市出身。静岡商時代は、1954年夏の甲子園に出場し、捕手瀧英男(後に大阪タイガースでもチームメイトになる)とバッテリーを組んで〔猛虎人国記(24)~静岡県(上)~背番「1」のサードが放った劇的弾 スポニチアネックス2012年3月27日記事。〕、2番手投手としてチームの準優勝に貢献した。翌1955年春の甲子園ではエースとして出場するも、初出場の明星高大阪府)に不覚を取られた。瀧の他に、チームメイトには4番を打っていた興津達雄(のち広島),大木利男(瀧と共に、のち大阪でチームメイトになる〔)がいる。
に大阪タイガースに入団。スピードのある本格派右腕として期待されたが、右膝を故障。これが命取りとなり、プロでの登板は、5月14日の広島戦(観音球場)のみ〔尚、静岡商時代のチームメイトだった瀧も、プロでは1試合出場に留まった。また大木に到っては、一軍出場なしに終わった。〕に留まった。限りで退団。
しかしに社会人野球の世界に転ずると、瞬く間に実力を開花させた。の第31回都市対抗野球大会では、松下電器の補強選手になり、エースとしてチームの準優勝に貢献。久慈賞も受賞した。大会終了後の全日本ハワイ遠征選抜メンバーにも選出された。翌の第32回都市対抗野球大会にも出場。この時のチームメイトに、大根晃(元阪神。1956年の1年だけチームメイトだった)がいる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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