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松村宗棍 : ウィキペディア日本語版
松村宗棍

松村 宗棍〔「宗昆」と表記する文献もある。外間哲弘『空手道歴史年表・第一版』沖縄図書センター、2001年、22頁参照。〕(まつむら そうこん、1809年 - 1899年ほか複数説あり〔同上。〕。)は、主に琉球王国時代に活躍した沖縄の武術家〔松村は「唐手(からて)」表記が使用されはじめた明治30年以前の人であるため、唐手家とするのは厳密には正しくない。〕。琉球王国時代の最も偉大な武術家の一人であり、今日の首里手系統の空手流派のほとんどは松村の流れを汲んでいる。
== 経歴 ==

=== 生い立ち ===

松村宗棍は、一説には1809年(文化6年)に首里山川村(現在の那覇市首里山川町)で生まれた。唐名は武成達、位階は筑登之親雲上(チクドゥンペーチン)、号は雲勇、もしくは武長と称した。俗に武士松村と呼ばれた。王朝時代の正式な呼び方は、松村筑登之親雲上宗棍である。武氏の元祖は、唐名・武源明、大和名・江洲按司宗祖(? - 1472年)であり、、松村家はその九世・嘉陽親雲上宗勝(1714年 - 1777年)の次男、武得良・松村里之子親雲上宗応を元祖とする支流(分家)である。元祖・江洲按司の父母は家譜では「未詳(はっきり分からない)」とあるが〔武姓家譜(嘉陽家) 〕、門中の言い伝えでは、第一尚氏王統・第6代尚泰久王の四男・尚武(三男・尚徳の弟)とされている〔宮里朝光監修・那覇出版社編『沖縄門中事典』那覇出版社、2001年、228頁。〕。真偽は不明であるが、これが事実とすれば、松村家は位階は高くはなかったが、第一尚氏王統の血筋を引く由緒ある家柄であったということになる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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