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村川透 : ウィキペディア日本語版
村川透[むらかわ とおる]

村川 透(むらかわ とおる、本名:高橋-(たかはし-)、旧姓:村川1937年3月22日 - )は、日本の映画監督音楽家。別名:山形 透山形県村山市出身。福島大学経済学部卒業。上野国館林藩里正の血筋で、江戸前期に活躍した俳人・村川素英の子孫にあたる。
==来歴・人物==
福島大学卒業後の'59年、日活に入社し営業部に所属するも、方向性の不一致から同年に退社。翌年助監督として復職し、舛田利雄中平康西河克己らに師事。職能系助監督として『伊豆の踊子』『あゝひめゆりの塔』『嵐の勇者たち』など多数の作品に参加。特に日米合作映画『トラ・トラ・トラ!』では日本側演出部総チーフとして現場を取り仕切り、舛田利雄、深作欣二とともに実質的な監督として活躍。その手腕はアメリカ側監督であったリチャード・フライシャーも絶賛した。
'72年、監督デビュー作である日活ロマンポルノ映画『白い指の戯れ』(脚本:神代辰巳)が高評価を受けるが、ほどなくして日活を退社。郷里の山形に戻るも、'76年に恩師の舛田と日本テレビプロデューサー・山口剛らの計らいにより、テレビドラマ『大都会 闘いの日々』で監督復帰。この時に松田優作と出会い、'78年には松田を主演に迎えた『最も危険な遊戯』で映画監督としても本格復帰した。
その後松田とは、『蘇える金狼』『野獣死すべし』など多数の作品でコンビを組み、またテレビドラマでも松田主演の『探偵物語』をはじめ、『西部警察』『あぶない刑事』『はみだし刑事情熱系』などの人気シリーズを手掛けた。
松田優作没後も多くの作品を発表し続け、出身地の山形県村山市では「村川透映画祭」がコンスタントに開催されている。また、舞台を中心に活動していた柴田恭兵を『大都会 PARTII』のゲスト出演に推薦、その後『大追跡』のレギュラーに起用され、その人気を全国区へ広げたことでも知られている。
帰郷していた時代は、鋳物職人高橋敬典(妻の父であり、人間国宝)の下で働いたり、兄・村川千秋(『野獣死すべし』に指揮者役で出演)による山形交響楽団設立に携わったこともあった〔 山形新聞2006年2月26日朝刊掲載〕。クラシック、ジャズ、ポップス問わず音楽方面への造詣が深いことでもよく知られ、自らもアマチュアサクソフォニストとして活動。日活時代には演奏者として劇伴のレコーディングに参加することもあった。後に『遊戯』シリーズなどで組む作曲家・キーボーディストの大野雄二とは当時からの旧知であったという。
また、目撃者役、人質役、タクシー運転手役など自作へのカメオ出演が多いことでも有名である(師匠である舛田利雄の影響も濃いと思われる)。近年では山形透の芸名を用い、出演者として直接クレジットされることも多い。
2014年6月、兄・千秋と共同で実家敷地内にアートスペース「アクトザールM」を開館した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「村川透」の詳細全文を読む



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