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肝付久兼 : ミニ英和和英辞書
肝付久兼[きもつき ひさかね]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [きも, かん]
 【名詞】 1. (1) liver 2. (2) courage 3. spirit 4. pluck 5. guts 
: [ふ]
  1. (n,vs) giving to 2. submitting to 3. refer to 4. affix 5. append
: [けん]
  1. (conj,n) and 2. in addition 3. concurrently 

肝付久兼 : ウィキペディア日本語版
肝付久兼[きもつき ひさかね]
肝付 久兼(きもつき ひさかね、寛永18年(1641年) - 宝永6年2月8日1709年3月18日))は、薩摩藩(鹿児島藩)家臣、第4代喜入肝付家当主。
父は肝付兼屋。母は島津家久の娘。正室は島津久頼の娘。子は肝付兼柄。幼名は伴三郎。通称は弾正、主殿。号は活堂。
== 略歴 ==
寛永18年(1641年)、肝付兼屋の子として生まれる。慶安3年(1650年)、喜入の屋敷を訪問した藩主島津光久の面前で元服する。家久の外孫であることから、「久」の字を賜り「久兼」と名乗る。寛文7年(1667年)、大目付となる。
寛文10年(1670年)、家老となり、光久、綱貴、吉貴と3代の藩主に仕えることとなる。同年、末吉地頭職となる。延宝8年(1680年)、谷山地頭職。天和2年(1682年)、出水地頭職。天和3年(1683年)、藩主綱貴に従い江戸に下向し、江戸城で将軍徳川綱吉に拝謁する。貞享4年(1687年)、綱貴に従い、将軍綱吉に拝謁する。元禄8年(1695年)、高岡地頭職。
宝永4年(1707年)、病を理由に職を辞し、隠居して家督を兼柄に譲る。宝永6年(1709年)2月8日没。享年69。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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